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2006年5月15日 (月)

ル・ルーとアンドレのふらんすぷち案内

コンコルド広場

Icon1_1いよいよパリの案内なのね。待ちこがれていたわ! それにしてもいきなりツラい場所ねえ・・・。


Icon2_1 うっ・・・そう言われるとこっちもツラいなあ。
パリ観光のスタート地点としては最適な場所なんだけど。
この広場からは凱旋門もルーヴル美術館も見えるし、交通の便もいいしね。

Icon1_1ただ歩いても歩いても目的地にはなかなかたどり着かないという、例の遠近法の世界(笑)

Icon2_1 この広場の歴史は確かに明るくはないね。
フランス革命下では、ルイ16世陛下やアントワネット様、ロベスピエールにサン・ジュストら多くの人々が処刑された場所だからね。

Icon1_1革命とはいえ、多くの人の命がここで失われたのだから痛ましいわね・・・。
革命中にギロチンはパリ市内を転々としたのだけれど、ここで処刑されたのだけで1119人!

Icon2_1 うーん、アランもベルナールもよく生き残ったものだなあ。亡命はしていなかったようだが・・・


Icon1_1・・・突然マニアックなツッコミするのね(笑)



Icon2_1 「ベルばら」の連載がもう少し長ければそのあたりもわかったかもね。
おれやオスカルの出番がないのが残念だけど、回想シーンででも出してもらうとしよう(笑)

 

Icon1_1・・・(呆)。
さ、話を戻すわよ。最初はルイ15世広場という名前だったのが、革命広場になって、そして現在はコンコルド(和合)広場。コロコロ名前が変わったのねー。

Con1
コンコルド広場

Icon2_1 真ん中のオベリスクも、オベリスクの周りの8つの像もベルばらの時代にはなかったし、昔の陰惨なイメージはほとんど感じられないかも。 


Icon1_1広場中央のオベリスクが建っているところに「ルイ16世やマリー・アントワネットがここで処刑された」ことが書いてあるプレートが埋め込まれているくらいかな・・・。

Con3
コンコルド広場中央のプレート

Icon2_1 ギロチンが置かれていた場所は、広場北西に建つ「ブレスト像」のあたりなんだよ

Con2
ブレスト像(場所は地図のマーク位置参照)


Icon1_1この広場に面した「オテル・ド・クリヨン(Hotel de Crillon)」というホテルでは、「マリー・アントワネット」の名前がついた紅茶が飲めるので、そこでアントワネット様をしのんでお茶するのもいいわねえ・・・。(うっとり)

Cri
オテル・ド・クリヨン前景

Icon2_1 ただ格式の高いホテルなので、服装にはちょっと気を使ったほうがいいかも。 

Icon1_1わたしはこのままでもいいけど、あなたは今の服じゃダメかもね。
ところでいつもシャツの前をはだけてるのはなぜ?何かの作戦?

Icon2_1 読者サービスだよ(笑) 


Icon1_1・・・。


 



Vol3a_2


Rose20px_2コンコルド広場

【最寄り駅】
メトロ1,8,12号線「Concorde」駅下車

Rose20px_2オテル・ド・クリヨン

【住所】
10, place de la Concorde 75008

【HP】
http://www.crillon.com/ (日本語あり)

【最寄り駅】
メトロ1,8,12号線「Concorde」駅下車

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投稿者 えりりん 2006/05/15 5:23:00 ル・ルーとアンドレのふらんすぷち案内 | | トラックバック (0)

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