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2006年6月 8日 (木)

花咲けるやまとなでしこ絵巻

鎌倉ロマンス 板額御前

男装の麗人(5)「吾妻鏡」板額(はんがく)御前

「てめえらにオスカルの女らしさがわかってたまるか!!」と言って、アランはじめ衛兵隊の連中をぶん殴るアンドレ。軍人として生きるオスカルが垣間見せる女性的な魅力を、アンドレだけは知っていた。鎌倉時代の日本にも、アンドレのように女を見る目のある武士がいた。

鎌倉幕府二代将軍・源頼家の時代に、越後(えちご)国の城(じょう)氏が反乱を起こした。鎌倉側は討伐するべく軍勢を差し向けたが、城氏はなかなか手ごわい。とくに、城主・城資盛(すけもり)の叔母、板額が鎌倉側をさんざんにてこずらせた。

板額は女性の身でありながら、兵略をこらし、合戦を指揮した。少年のように髪を結い上げて鎧を着、矢倉の上から敵勢をさんざんに射まくった。百発百中の強弓の名手であり、この矢に当たって死なないものはいなかった。

あの女さえ倒せばこっちのもの、と鎌倉側では一計を案じた。城の後ろの山に回り、高所から狙いを定めて射掛け、板額が左右の腿を射抜かれて倒れたところを生け捕った。優れた女性指揮官を失った城氏は総崩れとなり、たちまち敗北してしまった。

捕らえられ鎌倉に連行された板額は、並み居る御家人の前に引き出されても、臆することなく堂々としていた。将軍頼家も興味津々でこの女武者をみた。男以上に戦ったどんな無骨な女と思いきや、なかなかの美人であった。

その後、阿佐利与一(あさり・よいち)という御家人が、捕虜となった板額の身柄を預かりたい、と申し出た。頼家は不審に思い、「天下無双の女武者をどうする気だ?」と問い詰めた。阿佐利は、「他意はありません。妻に貰い受けたいのです」という。
頼家は、「お前、相手は美貌とはいえ男を敵に回してものともしない女だぞ。妻にしようなんて普通の感覚じゃないぜ」と嘲笑した。
しかし、阿佐利は「いえ、その・・・豪腕の女が生む子ならたくましく、いざ鎌倉!という時にはお役に立ちましょう」と、キマジメに頼むのをやめない。頼家は阿佐利のあまりの熱心さにあきれ、根負けした。

阿佐利与一は、内心「板額の女らしさがわかってたまるか」と思っていたに違いない。彼は、捕虜となっても毅然とした板額の態度に心惹かれていたのである。相手が主君でなければ、アンドレのようにぶん殴っていたかもしれない。

頼家の許しを得た阿佐利は板額と二人、自分の領地である甲斐(かい)国に下向した。その後の二人の消息を、吾妻鏡は伝えていない。

     ※      ※     ※

●参考文献
「全訳吾妻鏡」新人物往来社 貴志正造 漢文で書かれた吾妻鏡の書き下し文
「歴史をさわがせた女たち 日本編」 文春文庫 永井路子

●板額を訪ねて
新潟県胎内(たいない)市には、板額が奮戦した鳥坂(とっさか)城跡があります。胎内市役所前には、板額御前の像もあります。

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2006/06/08 9:30:00 花咲けるやまとなでしこ絵巻 | | トラックバック (0)

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