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2006年11月20日 (月)

ル・ルーとアンドレのふらんすぷち案内

マリー・アントワネット最後の日々~コンシェルジュリ

ノートルダム寺院
ノートルダム寺院

 

Icon1_4あら、ノートルダム寺院。パリを観光する人にとってはとっておきの場所じゃない?

 

Icon2_4それは、普通の旅行者にとってはだろう?
おれたちはこのノートルダム寺院と同じシテ島にある、コンシェルジュリがお目当てなんだから!

 

コンシェルジュリ外観
コンシェルジュリ外観

 

Icon1_4なんだかものものしい雰囲気のある建物ね~。

 

Icon2_4 フランス革命時にはここに多くの囚人が収監されていて「ギロチン控えの間」という異名まであるんだよ。
ここでマリー・アントワネット様が処刑までの約2ヶ月を過ごしたし、ベルばらに出てきた人物だとデュ・バリー夫人やオルレアン公、ロベスピエールにサン・ジュストも・・・

Icon1_4そうそうたるメンバーじゃないの!それだけ多くの人々がここに入れられて、処刑されてしまったということなのね・・・。

 

通称「女囚の中庭」
通称「女囚の中庭」


Icon2_4 囚人たちは、(ここから出る以外の)多少の自由は利いたようで、中庭を散歩したりできたんだ
囚人はお金を持っていればそれなりの部屋を確保できたし、そうでない場合はわら束をしいたような部屋に共同で入ったり。

 

Icon1_4いま、「地獄の沙汰も金次第」って言葉が頭に浮かんだわ・・・。

 

礼拝堂
礼拝堂



Icon2_4
贖罪の意味もかねてなのか、いまは内部は礼拝堂に作りかえられているところもあるよ。
アントワネット様がいた独房は、ご息女のマリー・テレーズ様によって祭壇が設置されているんだ。

 

再現されたマリー・アントワネットの独房
再現されたマリー・アントワネットの独房



Icon1_4当時の独房の様子は、同じフロアの別の場所に再現されているのね。こんな半地下で石造りの薄暗いところじゃ、寒いし暗いし、おつらかったでしょうね・・・。

 

Icon2_4 アントワネット様の身の回りの世話をする女性たちは、わりあい親切だったのがせめてもの救いだったかもしれないなあ。

 

Icon1_4ロザリーおねえちゃまね。お互いにまさかこんなところで再会するなんて思わなかったでしょうね・・・。

 

Icon2_4 ロザリーは実在の人物だったって知ってた?

 

Icon1_4えーっ!

 

Icon2_4 ポリニャック夫人、ジャンヌ、ベルナールとの関係は池田先生の創作だけどね。これを知ったときは驚いたよ。

 

Icon1_4史実と創作の絶妙な配分、これも「ベルばら」の魅力よね~。

 


【周辺地図】

Vol9_map


【最寄り駅】
メトロ4号線「Cite」駅下車

【住所】
1,quai de l'Horloge , 75001

【開館日時】
3/1~10/31:9:30~18:00
11/1~2/28:9:00~17:00

【休館日時】

1/1、5/1、12/25

 

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投稿者 えりりん 2006/11/20 0:03:00 ル・ルーとアンドレのふらんすぷち案内 | | トラックバック (1)

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