いつも心に少女マンガ
「トーマの心臓」と「ベルばら」の意外な関係
会社に勤めていた頃、新入社員が入ってくると二言目には「で、好きなマンガは?」とマンガ話をしようとするので、「マンガ」というあだ名をつけられていたわたくし。そんな筋金入りのマンガ好きとしては、最近のマンガの社会的な地位の向上には、感慨深いものがあります。
というのも、1968年生まれの私と同年配かそれ以上の人にマンガに関する質問をすると、「親が厳しくて、マンガが禁止されていたから読めなかった」という方が、けっこうおられるのです。それが、近年は「マンガは、世界に誇る日本の文化」とまで言われるようになりました。
1970年代前半の「ベルサイユのばら」の宝塚舞台化を含む大ブームは、少女のあいだだけで愛好されていた「少女マンガ」が、広く社会に注目される「マンガの社会的認知」の、大きなきっかけの一つとなりました。
そしてこの頃、少女マンガを大きく革新した、と言われる作家がたくさん登場します。
その代表的な一人が、萩尾望都。
「ベルばら」連載開始と同じ1972年に、「ポーの一族」のシリーズ第一作が、『別冊少女コミック』に発表されます。
永遠に歳をとらず時を超えて生きる吸血鬼・エドガーの物語は、当時多くの読者に衝撃を与え、マンガ評論家の米沢嘉博氏は「別冊太陽 子どもの昭和史 少女マンガの世界II」(平凡社)のなかで、この作品の「人の生命の有限性と想い出の永遠性というテーマ」を指し示し、「少女マンガが男性読者にも注目されるきっかけとなった作品」であり、「(少女マンガが)現代日本が生んだ希有な物語表現の技法へと成熟しつつあることを証明していた」と評しています。
「ポーの一族」のリアルタイム読者ではない私にとって、萩尾先生といえば、まさにこの米沢氏の評のような、革新的な作品を描く大家的存在、という印象でした。しかし、「BSこだわり館『THE・少女マンガ!~作者が語る名作の秘密』」の「ポーの一族」の回(2004年4月29日NHK BS2で放映)を見たときに、作品を発表する上で、たくさんの意外な苦労があったことを知りました。
そもそも当時、今は当たり前のように出ているマンガの単行本というものが必ずしも出ておらず、多くの作品は「雑誌で読むしかなかった」こと。
そして「ポーの一族」が、小学館が発行した“初”の少女マンガの単行本で、それが大変に売れたことも、当時を知らない私にとっては、「なんと!そうだったんだ!」と驚きでした。
その一方で、これまた初期名作として評価の高い「トーマの心臓」誕生のエピソードが、意外要素満載なのです。
というのも、萩尾先生の担当編集者が、当時巷を席巻していた「ベルばらブーム」に注目し、「ベルばら」を手に「萩尾さん、こういうドラマチックな話を描こうよ」と言った、という逸話を萩尾先生ご本人が語っておられたのです。
なんと!!
ギムナジウムを舞台に少年達の相克を描いた「トーマの心臓」が、まさかそんないきさつで描かれたとは…!!
「聞かなきゃとてもわからん」話ですが、正直、「聞いた後でも、とてもそうとは思えない」話でもあります。
「長く続く、外国を舞台にしたドラマチックなお話」という点くらいしか、共通点がないような…。
しかし、マンガ制作の現場ではそういうやりとりがあったのだなあ、と色んな意味で興味深いお話だったことは、まちがいありません。
そんないきさつで長編を考え、初の連載を開始した萩尾先生でしたが、「トーマの心臓」はなんと、人気アンケート最下位。編集長になった担当編集者から連載を始めたばかりなのに、「いつ終わるの?」と言われてしまったそうです。
しかも、ちょうど単行本化された「ポーの一族」が3日で完売という人気を示したので、「トーマは連載中止にして、ポーの続編を」という声もあがったのだとか。
そんななか、「とにかくトーマを最後まで描かせて欲しい」「そのあとでポーを描きますから」と言って、「トーマの心臓」の連載を無事最後まで描いたのだそうです。
「発表されたその週に人気爆発!」というタイプではないけれど、深くある種の広い層に熱心に支持された萩尾先生には、独特な「人気との戦い」があったのだなあ、と感じるエピソードでした。
そんな苦労を経ながらも発表された萩尾作品は、内面をほりさげる描写やテーマの深さ等で、男性読者を含む多くの読者に衝撃を与え、少女マンガの領域を広げ地位を高めた、と言われています。
1970年代前半、「ベルばら」や萩尾作品を代表とする少女マンガの新しい波は、それまでの少女マンガの蓄積の上に大きな花を咲かせ、当時の少女マンガの地位向上に大きく貢献したのでした。(川原和子)
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今回の文中の
「ポーの一族」が、週刊少女コミック“初”の単行本化されたマンガ
の部分ですが、
1)「ポーの一族」は、「週刊」ではなく、「別冊」少女コミック掲載
2)「週刊少女コミック」連載作は、作家によっては他社から74年より前に単行本になっているものもあります
とのご指摘をいただきました。以上のことから、
「ポーの一族」が、週刊少女コミック“初”の単行本化されたマンガ
という部分は、正確には、
「ポーの一族」が、小学館が発行した“初”の少女マンガの単行本
とすべきでした。
誤った表現を用いてしまい、大変申し訳ありません。
お詫びのうえ、訂正させていただきます。
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2006/12/01 10:00:00 いつも心に少女マンガ | Permalink | トラックバック (0)