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2007年3月 8日 (木)

天の涯から―東欧ベルばら漫談

ザ・結婚証書~マリーの指先も震えた運命の一瞬~

 私と夫は、ポーランドの市役所で結婚式を挙げました。ポーランド語で「ślub cywilny(シュルプ・シヴィルネ)」と呼ばれる、市民婚です。

 ポーランドは敬虔なカトリックの国ですから、「結婚式だけ教会で挙げさせて下さい」という訳にはいきません。カトリック教徒にとって結婚は、「洗礼」「堅信」といった7つの秘蹟の中でも重要な儀式の一つであり、神に対する責任の宣誓だからです。(挙式可能な所もあるようですが)
 結婚式のためだけに、にわかクリスチャンになるというのは、教徒の方々に失礼だし、私は仏の教えを尊んでいますから、皆に納得行く形として、市民婚を選んだのでした。

 式のスタイルは、個々の自治体によりますが、私たちの場合は、市役所の小さなホールで、法衣のような黒い礼服をまとった市の戸籍課長を執行者とし、新郎新婦、それぞれに証人を立てて、執り行いました。

 多数の出席者が見守る中、誓いの言葉を述べ、指輪を交換する流れは、日本の結婚式と変わりませんが、一つ、欧州ならではなのが、結婚証書への署名です。(地域や宗教などによって、異なる場合もあります)
 私たちの場合、執行者から夫婦の宣誓がなされる前に、新郎新婦と証人による署名が行われたのですが、これまた日本と異なるのが、万事、レディファーストという点でした。

 日本の場合、新郎新婦の名前を読み上げるのも、式場の案内も、引き出物の名前入れも、「太郎&花子」のように、男性優先ですが、こちらでは、「Agata&Tomasz」のように、女性を優先するのが常識なのです
 したがって、結婚証書の署名も新婦の名前から記入するのですが、日本人の私は当然夫の名前が先だと思い、2本線で区切られた記名欄の下側に、何の疑いもなくサインしてしまったんですね。

 その瞬間、周りで見守っていた人の口から、「あっ」という声にならない声が洩れました。何事かと顔を上げたら、夫がジェスチャーで、「上だよ、上」と教えてくれたのでした。

 その時、私の脳裏をよぎったのは、「カリッ、ペタッ(インクの飛び散る音)。おお、これはなんと不吉な」というマリー・アントワネットの結婚証書
 
「げげっ。もしかして、記入する欄を間違えてしまったのかーっ」
気付いた時には、すでに遅し。
 新郎の名前が新婦の名前より上になるのはマナー違反として、執行者の指示により、夫の名前は欄外に記入されたのでした。

 不細工な結婚証書を茫然と見つめる私に、「まあ、いいから、いいから」と笑いかける執行者の顔が、私には、ルイ15世に見えました。(『さあさ、よいではないか。紙にペンがひっかかっただけだ』とマリーを慰める場面ですね。)

 ヨーロッパでの結婚、特に国際カップルは、出生証明書や独身証明書、戸籍謄本の翻訳など、必要書類が多く、『書類婚』と呼びたくなるような煩雑さです。
結婚式の当日には、「書類なんか見るのも嫌!」というぐらい、事前の手続きに疲れ果て、執行者から晴れて夫婦の宣誓がなされた時は、「ああ、これで煩わしい手続きがやっと終わったのだ」という解放感の方が大きかったぐらいです。

 それでも、結婚証書に署名するというのは、非常な緊張感を伴うものでした。
 いうなれば、社会に対し(カトリックなら神に対し)、相手と自分に対する一生の責任を宣誓したわけですから、「なんかイヤになっちゃった、やっぱ別れよう」とはいかないからです。

 いくら惚れたはれたで一緒になっても、人生に一度や二度は、難しい時があるもの。生まれも育ちも違う他人と、一つ屋根の下で50年も60年も一緒に暮らすことは、芸術的努力と言っても過言ではありません。
「病める時も、健やかな時も」という誓いの言葉は、浮気防止の為ではなく、一生の覚悟を自身に問うものなんですね。

 14歳で、家族とも祖国とも訣別し、“憧れの王子”とはかけ離れたルイ16世を夫に、一生フランスで生きていく決心をしたマリーの心中はいかなるものだったでしょう。メールも電話もない時代、彼女がどれほど恐ろしく、心細い気持ちで嫁いできたか、想像して余りあります。
これで全てが確定してしまう結婚証書の署名には、指先も震えたことでしょう(そりゃあ、ペンも紙に引っ掛かって、インクも飛び散りますとも)。

 それでも、“実家”に逃げ帰ることなく、異郷のフランスで生涯をまっとうした事は、立派だと思います。あれだけの不幸があったにもかかわらず、裏切りもせず、罵り合いもせず、ルイ16世とも最後まで添い遂げたのですからね。
 浮ついたところもあったかもしれないけれど、王妃としての強さは本物だったのではないでしょうか。(優月まり)

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2007/03/08 11:00:00 天の涯から―東欧ベルばら漫談 | | トラックバック (1)

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