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2007年3月 6日 (火)

世界史レッスン

父の説教あれこれ 1827年

  ~アントワネット死後34年~

 「しかるべき努力をしないなら、わたしはおまえを、壊疽(えそ)にかかった手足のように切り捨てるつもりだ。わたしの一人息子だからといって安心するなよ」

 この恐ろしい恫喝(どうかつ)は、ピョートル大帝が嫡男アレクセイに書いた手紙の一節。後に大帝はこの言葉どおり、息子を切り捨てて(=殺して)しまった。

 情けない息子を歎いたのは、プロイセン王も同じ。「女の腐ったような奴」と常々(つねづね)吐き捨てるように言っていた。ところが時がたつにつれ、この息子--フリードリヒ大王!--は、父よりはるかにスケールの大きいことが証明されるのだから、人間はわからない。

 一方、40歳で初めて子どもを持ったゲーテは、大甘の父親だった。息子がアル中になりかけたのを見て、あわてて「ほどほどに飲みなさい」と注意。しかし小さな子どものころから毎日のようにワインを与えていたのは、ゲーテ本人なのだ。おかげで息子に先立たれるはめになる。

 さて、1827年夏、ハンガリーのエステルハージ侯に仕える土地管理人が死の床にあった。彼は、まだ16歳の息子を呼び寄せて曰く、「女にはくれぐれも気をつけるように」。

 父親は、自慢の息子の将来が心配でたまらなかったのだ。なにしろ180センチの長身、ブロンド、眉目秀麗、バイロンの詩の主人公もかくやのロマンティックな若者で、黙っていても女性たちがほうっておかない。このときもすでに、身分違いの貴族の御令嬢から言い寄られていた。

 せっかくの天与の楽才が女がらみで潰されてしまうのではないか、との父の心配は、だが杞憂(きゆう)に終わる。息子は確かに数々の浮名を流し、年上の伯爵夫人と駆け落ちしたり、別の人妻のために僧籍に入ったりと、華やかな女性関係を持つが、その程度でエネルギーをすり減らしはしなかった。

 いや、むしろ女性たちから生命力と創作力を焚(た)きつけられたかのごとく、ヨーロッパ中を演奏して回り--彼のコンサートでは、容姿の魅力と華麗なる演奏テクニックに興奮した若い女性たちが、次々失神するので有名だった--、作曲し、弟子を育成し、恵まれない作曲家たちを援助し、人望を集め、豊かな人生を楽しんだ。

 そしてこの「ピアノの魔術師」フランツ・リストは、75歳で息絶える間際まで、そばに若い女性をはべらせていたのである。立派。(中野京子)

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投稿者 中野京子 2007/03/06 9:03:01 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第53回目の今日は、「父の説教あれこれ」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/03/post_32cc.html#more 有能な父から無能な息子への、あるいは凡庸な父から天才の息子への、さまざまな説教について書きました。  それにしてもピョートル大帝のような破格の人間を父親に持つ息子は、気の毒としか言いようがない。息子はこ... 続きを読む

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