天の涯から―東欧ベルばら漫談
貧しさと尊さと~ジャンヌの転落~
私の住んでいる地域は、ウクライナとスロヴァキアの国境に隣接しているのですが、ドイツやチェコに隣接する西側が何かと潤っているのに対し、東側、特に南部はポーランドの中でも最も貧しい地域として知られています。
それでも、お隣ウクライナから見ればまだ豊かな方で、毎年、かなりの数のウクライナ人がこの地域に移り住んできます。それも家族単位ではなく、稼ぎ頭の父親だけ、あるいは若い人だけがやって来て、家族に仕送りをするケースが多いそうです。
が、中にはビザが取得できず、不法就労者のまま居着いてしまう人もいます。そうなると、もう二度と国境を超えることは出来ません。家族とも離ればなれになりますが、それでも皆が生き延びるために、ここで稼ぎ続けるのです。
夫の会社関係の知り合いに、ウクライナから来た若い男性がいるのですが、この方もやはり不法就労者としてポーランドに居着いてしまった一人です。
故郷には妻とまだ幼い子供がいるのですが、子供は難病で、治療費を捻出するためポーランドに出稼ぎに来たということでした。
しかし、不法就労者である為、もう二度と故郷に帰ることはできません。家族とももう何年も会ってないらしく、仕送りだけ続けているのだそうです。
「じゃあ、家族はどうなるの。このまま離ればなれでも構わないの?」
と私が夫に問うと、「さあ、どうするんだろうな」。
そのあまりにドライな返答に、
「知り合いのくせに、相談に乗ったりしないの? ずいぶん薄情なのね」
と眉をひそめると、
「知って、どうするの? 彼の家族の為に何かしてあげられるの? 聞くだけ聞いて、『あら気の毒ね、可哀相ね』で終わるぐらいなら、知らない振りをする方が親切というものだろう。それより、いい仕事があったら率先して回してあげる方が、よほど彼も喜ぶ。何の役にも立たない身の上相談なんか、心を傷つけるだけだ」
そんな訳で、家にお招きした時も家族の話はせずに、お酒のことや、ウクライナ語とポーランド語の違いなど、当たり障りのない話題に終始したのですが、まるで『オルフェウスの窓・ロシア編』から抜け出したような、ハンサムで真面目な男性なのに、不法就労がばれたら逮捕され、家族もろとも路頭に迷うしかないのか――と思うと、「同情や優しさなんて何の力にもならない」と哀しい気持ちになったのでした。
ベルばらでは、他人の家からジャガイモを盗んだジャンヌが、お母さんに平手打ちされた時、 「なにさ、きれいごとばっかしいってたら、飢え死にするのがオチさ!」 と啖呵を切ります。私はその気持ちを頭から否定はしません。私だって、極限の貧しさの中で善人でいられる自信はないからです。
真っ当な意見を申せば、ロザリーのように、貧しくとも清く正しく生きていくのが理想なのかもしれません。が、一方で、 「こんなブタ小屋みたいなところで終わってたまるもんか」 というジャンヌの野心も、一つの生きる原動力には違いないと思うのです。
ただ、彼女の人生には「足ること」と「分かち合うこと」が存在しませんでした。ブーレンビリエ侯爵夫人の元で得た豊かさを、ロザリーやお母さんと分け合っていたら、もっと違った人生が開けていたでしょうに。助けを求めに来たロザリーを、恋人ニコラスに鞭打たせ、他人のように冷たく追い払った時から、彼女の人生は破滅の一途を辿っていきました。
不法就労するウクライナの男性も、法の目から見れば、懲役に値する犯罪者なのかもしれません。でも、生きるため、また家族を養うため、盗みもせず、殺しもせず、幾らにもならない仕事を黙々とこなす姿を見ていると、人間の侵しがたい尊さを感じずにはいられないのです。(優月まり)
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/04/12 11:00:00 天の涯から―東欧ベルばら漫談 | Permalink | トラックバック (0)