世界史レッスン
ナポレオン「百日天下」に右往左往の彫刻家 1815年
~アントワネット死後22年~
ナポレオンがエルバ島を脱出し、パリへ向かって進軍中との報は、全ヨーロッパを震撼(しんかん)させた。
フランスの新聞はナポレオン北上につれて、態度を変えてゆく。「コルシカの怪物、カンヌに上陸」⇒「王位簒奪(さんだつ)者、グルノーブルに入る」⇒「ボナパルト、リヨンを占拠」⇒「ナポレオン、フォンテーヌブローへ接近」⇒「皇帝陛下、明日パリへご帰還」!笑ってしまうが、ほんとうの話である。
1815年3月20日、13ヶ月ぶりにナポレオンがチュイルリー宮殿へ入ったとき、すでにルイ18世は慌てふためいて亡命(プロヴァンス伯だった時代と今回と、これで二度目だ)した後だった。
さて、ジャン=ピエール・コルトーという新進気鋭の彫刻家がいた。まだ皇帝全盛時代、彼はローマのアカデミー・ド・フランスから、ナポレオン全身像の制作を依頼された。完成したら、この学校の大サロンに飾られる予定だった。
ところが作っている最中、ナポレオンが失脚。校長は急遽(きゅうきょ)、ルイ18世像に変更を求めてきた。うへーと思ったに違いないけれど、気を取り直したコルトーは必死にルイ像に取り組んできた。
そこへこの、降って湧いたような脱出騒ぎ。またもコルトーはナポレオン像の続きを命じられ、たまらんなあ、とぼやきつつ(?)、仕事に精出した。
だというのにナポレオンの天下はたった百日限り。ワーテルローで大敗し、今度は「悪魔の島」セント・ヘレナでの厳重監視付き流刑だから、よもや復活はありえまい。というわけで、またまたルイ18世像に方向転換。
さすがのコルトーも、いいかげんにしろよな、と怒って手を抜いたわけでもあるまいが、大サロンに設置されたルイ像の出来は、あまりよろしくないと言われている。
ところでコルトーとナポレオンの縁は、ここで切れたわけではなかった。パリのエトワール凱旋門(1836年完成)の左柱を飾る彫刻「勝利」を手がけることになったのだ。コルトーは、勝利の女神から月桂冠を受けるナポレオンの姿を浮き彫りにした。ようやくこれで一段落。(中野京子)
☆my blogの関連記事「ナポレオンと凱旋門」(「花つむひとの部屋」)はこちら⇒ http://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/
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投稿者 中野京子 2007/04/10 8:49:00 世界史レッスン | Permalink | トラックバック (0)


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