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2007年5月29日 (火)

世界史レッスン

ムンクが叫んだ赤い空 1883年

  ~アントワネット没後90年~

 インドネシアは1万以上もの島からなり、長い火山帯が走っていて活火山も数多い。その中のクラカタウが大噴火を起こしたのは、1883年の夏だった。爆発音は、3600キロも離れたオーストラリアにまで響いたという。

 当時この島は無人だったが、噴火による火砕流(かさいりゅう)が海上40キロ先まで流れたほか、津波が近くの島々を襲い(波は日本の鹿児島やフランスへも達した)、最終的には3万5千人以上の死者を出した。

 また上空高く舞い上がった噴煙が、数ヶ月にわたり広範囲に塵(ちり)となって降り注いだため、北半球の平均気温を低下させ、農作物に長期の被害をもたらした。

 世界中で、日没時の異様な赤さが報告されるようになるのもこのころからだ。同年、晩秋の<ニューヨークタイムス>紙によれば、西の空と海面が「血のように赤くなった」という。事実、火事とまちがえて消防隊が出動したほどだ。

 ノルウェーの新聞も、火災と見まごう空の色を報じており、これが画家ムンクに影響を与えたのではないかとの説が近年唱えられるようになった。ムンクは例の『叫び』ーーこの絵は『モナリザ』に匹敵するくらい有名なのではないだろうかーーについて、こう語っていた。

 「わたしは友人ふたりと歩いていた。太陽が沈み、空が突然、血のように赤くなった。友人は先に行き、わたしは恐怖に震えながらあとに残った。そのとき自然を駆け抜ける大きな叫び声が、いつ果てるともなく続いた」

 果たしてムンクは自然災害による異常な空の色を見たのか、それとも不安神経症と被害妄想に悩まされていた彼の心が、いつもながらの幻覚を生じさせただけなのか・・・

 これはいまだ謎である。なぜならムンクが『叫び』を完成させたのは、30歳のとき。噴火はその10年も前なのだ。彼は「かつて自分が体験したこと」をもとに本作を描いたと言っていたが、その「かつて」が10年前なのか、昨年なのか、明らかにしていない。

 風が吹けば桶(おけ)屋が儲かる、ではないけれど、はるかな南の島で起こった火山噴火が、北のノルウェーの空を燃やし、「不安」の代名詞のような傑作を産みだす契機となった、という説はなかなか面白いが・・・(中野京子)

 ☆関連記事『ムンク展』(「中野京子の花つむひとの部屋」)はこちら⇒ http://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/

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投稿者 中野京子 2007/05/29 8:55:02 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第65回目の今日は、「ムンクが叫んだ赤い空」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/05/1883_ee54.html  ムンクの『叫び』は、火山噴火の影響による異様な赤い空を現実に見て描いたものではないか、とする新説について書きました。  5年前、スウェーデンのイエテボリに行ったとき、たまたまムンク展にいあわせてラッキーだった。『病める少女』『吸血鬼』『マドンナ』『思春期』と... 続きを読む

受信: 2007/05/29 9:58:15