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2007年6月26日 (火)

世界史レッスン

江戸の美人、パリの美人 1813年

  ~アントワネット没後10年~

 食べる心配がなくなり、生活が安定すれば、庶民の女性たちだっておしゃれしたくなるのは当たり前。江戸時代には、大型の鏡や化粧品が大量に生産され、美女への道を指南(しなん)する本も各種出版された。

 中でも、文化10年(1813年)に出た佐山半七丸著『都風俗化粧(けわい)伝』は大ロングセラーとなり、5刷りを重ねて100年近く読みつがれたという。

 どうやって色白になるか、丸顔を面長に見せられるか、シミを隠すか・・・現代の女性誌の美容テーマとあまり変わらないが、違うのは眼の大きさ。ぱっちりした大きな眼は嫌われ、いかに細く見せるかの化粧法が詳しく書かれている。

 皺(しわ)をのばす方法もある。豚の爪を米のとぎ汁で煮つめ、寝る前に顔に塗り、翌朝また米のとぎ汁で洗い流す。これを続ければいつまでも乙女の肌でいられるのだとか(豚の爪を手に入れるのが大変そう・・・)。

 同時期、パリでも続々美容書が出版されていた。『美容の全て』『ご婦人の美容術』『美容作法』エトセトラ。やはり色を白くし、シミ・皺をなくすためのあれこれが具体的に書かれている。

 「ナポレオンも苦言」で触れたように、革命後の化粧法はそれ以前のとはまさに正反対といっていい。かつての貴族たちはどぎつい紅(べに)を盛大に塗りたくっていたが --カサノヴァ曰く、「紅は、めくるめく恋の陶酔のためのものだから、ナチュラルに見えてはいけない」--今や自然な透きとおる肌(に見せかけた化粧法)がもてはやされる。

 そしてそのためにも身体は清潔でなければならない、というところまで(ようやく)来たのだった。実際、ブルジョワと労働者の区別は、身体の清潔度で測られはじめる。

 とはいえ江戸の美人に言わせれば、パリの美人は清潔とは程遠かったのではないだろうか。先にあげた美容書にさえ、「歯は最低1週間に1度、髪は2ヶ月に1度、足は隔週ごとに洗うべし」というのだから、いやはや。(中野京子)

☆関連記事はブログ「中野京子の花つむひとの部屋」でどうぞ⇒ http://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/

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投稿者 中野京子 2007/06/26 7:53:02 世界史レッスン | | トラックバック (0)

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