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2007年6月14日 (木)

天の涯から―東欧ベルばら漫談

名君への道~無関心という名の過ち~

 マリー・アントワネットの贅沢と、執政者としての愚かさを象徴する有名な言葉として『パンが無ければ、お菓子を食べればいい』 というものがあります。
 しかし、アントニア・フレイザーの著書『マリー・アントワネット』によれば、このエピソードが歴史上に初めて登場したのはマリーがフランスに嫁ぐ100年も前のことで、発言の主はルイ14世のもとに輿入れしたスペインの王女とされていたそうです。そして、このエピソードは、18世紀を通してずっと、他国から嫁いできた王女の発言としてジャーナリズムに繰り返し現れた、王室を揶揄する際の「決まり文句」だったとか。

 が、真偽がどうあれ、マリーが自身の享楽の為に多額の国家予算を使い込んだのは紛れもない事実であり、それを知った民衆の驚きと怒りも大変なものだったでしょう。
 しかし、マリーは本当に愚かな浪費家だったのか……と言えば、私は同情の念を禁じ得ない部分もあるのです。私もポーランドに来た当初、日本での便利な生活感覚をそのままに引きずって、周囲を驚かせたことが少なからずあったからです。

 たとえば、病院のトイレにトイレットペーパーが無いとか、北国なのに毛糸のタイツが売ってないとか言う度に、「それがどうしたの」という顔をされましたし、
「マタニティ用の下着と産後用の生理用品を買い揃えたい」と言えば、
「大きな下着が欲しかったらXLサイズか男物を買えばいいじゃないの。それに産後用の生理用品なんてここには無いわ。みんな、病院で支給される衛生紙(60センチ四方の、わら半紙のようなもの)を折りたたんで使ってるのよ」
と、けんもほろろに突き返されて、グサっときたこともありました。

 日本なら、マタニティ下着も産後用の生理用品も、みんな当たり前に揃えていて、そんな贅沢な要求をしているつもりはないのに、「物のない生活に耐えられない人だ」みたいに思われて、すごく悔しかったものです。
 かといって、即座にこちらの生活に合わせられたかと言えばそうではなく、とりわけ、産後用の生理用品もなければ綿100%のオムツカバーもない、腹部のゆったりしたマタニティ・パンツさえ手に入らない妊娠・出産期は、毎日のように日本のマタニティ・サイトを覗いて、「日本なら当たり前なのに」と、ホームシックならぬ物質シックにかかったこともあります。
 こうした体験から、「あって当たり前」という思い込みは、それが無くなるまで気が付かないし、身に染みついた生活感覚も理屈で変えられるものではないと痛感したのでした。

 生まれた時から金銀財宝に囲まれて育ったマリーも、「それが無い状態」など想像もつかなかっただろうし、「自分が持っているなら、世の中すべての人も持っているだろう」という錯覚もあったのではないかと想像します。
 ましてTVもラジオも無い時代、外部の情報などほとんど入ってこない宮廷暮らしで、「下々の生活を想像せよ」と言われても、想像のしようがないというのが本音ではないでしょうか。

 しかし、オスカル「ベルサイユからパリにつうじるこの道を、なん度、アントワネットさまのおともをして、かよったことだろう。豪華なオペラや演劇や……。だがそんなぜいたくな遊びのあいだに、ただの一度としてアントワネットさまは市民の生活をのぞこうとはなさらなかった。残念だ……」 と悲しんだように、それを知るチャンスはいくらでもあったのです。

 ベルサイユからパリにつうじる道は、名君への道でもあり、ほんのちょっとの関心で、国民も彼女自身も幸せになれたかもしれないことを思うと、オスカルならずとも、彼女の無関心が惜しまれてならないのです。(優月まり)

《参考文献》 
『マリー・アントワネット』(ハヤカワ文庫) アントニア・フレイザー 著 野中邦子 訳

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2007/06/14 11:00:00 天の涯から―東欧ベルばら漫談 | | トラックバック (0)

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