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2007年6月28日 (木)

天の涯から―東欧ベルばら漫談

オスカルの怒り~アウシュビッツとド・ゲメネ公爵~

 私の住んでいる所はポーランドの南東部に位置し、南の中心であるクラクフ周辺にアクセスしやすいことから、他国からお客様が見えると、クラクフに程近いアウシュビッツ収容所跡(正式名はポーランド国立オフィシエンチム博物館。『アウシュビッツ』はドイツ名です)にお連れする機会が多いのです。

 初めてアウシュビッツを訪れたとき、そのあまりの残酷さに、「これは現実にあったことなのか……」 と事実を受けとめるのに精一杯で、ただただ茫然とするばかりでした。一日数千人も殺戮するような桁外れの暴挙に対しては、かえって想像力が働かなくなるからです。

 その酷さをやっと実感できたのは、私に子供が生まれてからでした。収容所内には「犠牲になった子供たちの展示室」があるのですが、むごたらしい写真の足元には、ガス室に送られる前に着ていたであろう手編みのおくるみやベビー服、汚れた人形の頭や、大人の手の平より小さなベビーシューズなどが展示されています。アウシュビッツでは、労働力にならない子供やお年寄り、妊婦や病人などは、囚人移送列車を降りたその場でガス室行きが決められ、家族とも引き離されて、無惨に殺されていったのです。

 私も子育てしながらつくづく思いますが、幼い子供というのは本当に何も分かっていません。自分のしていることも、周囲の思惑も、この世にどんなルールがあるかということも。ただ、お腹が空いたら食べ、笑いたい時に笑い、彼らなりの小さな世界を精一杯生きている、そんな感じです。
 そんな無邪気で可愛い子供に毒ガスをかがせて殺そうなどと、どうやったら思いつくのか――。

 そう考えた時、アウシュビッツの酷さが初めて生々しく感じられ、こうした事が正義としてまかり通る「戦争」というものに、怒りを覚えずにいませんでした。
 そして、今、自分が平和なポーランドに暮らしていることや、我が子が戦争や飢餓の恐怖からとりあえずは離れた所で生きていけることに、厳粛な気持ちを抱かずにいなかったのです。

 「ベルばら」では、ひもじさの余り、公爵の馬車からお金を盗み出したピエール坊やを、ド・ゲメネ公爵が後ろからだまし撃ちにする場面があります。一度は許しておきながら、幼い子供の背中に向かって、虫でも殺すように銃弾を浴びせるのです。

 その様を間近で見ていたオスカルは、今にもその場に飛び出して、公爵につかみかかりたい激情にかられますが、「よせ、あいては公爵家だ、どうしたってかなうわけがない」 アンドレに諭され、一度はその場を離れます。
 しかし、宮廷の晩餐会の席で、公爵に「女のぶんざいで連隊長などと、かたはらいたいわ」 と侮辱されると、国王夫妻や他の貴族が居並ぶ前で、「まだものの善悪もわからぬ子どもを背中からピストルでだましうちするような男がいっぱしに公爵だなどとは、こちらもかたはらいたい」 と言い放ち、公爵との決闘を受けて立つのです。

 相手がただ「平民」というだけで、子供でも平然と殺してしまうド・ゲメネ公爵に対し、オスカルがそうまで怒りを露わにするのも、もっともな話です。
 他の人なら「仕方ない」で目をつぶることも、オスカルは決してうやむやにしたりしない、そこに彼女の潔癖さと『自分の思想のためには命もかける(注1)』 誇り高さが現れているように感じます。

 私がオスカルを好ましく思う理由の一つは、相手が誰であれ、正々堂々と自分の怒りを表明できる点です。
 「怒り」というと「悪いこと」と捉えている人も多いですが、不満や衝動と違い、自己の信念に支えられた怒りは、人間としての誇りと意志の証だと私は思います。オスカルが若い女性に支持されるのも、怒るべき時に怒り、またそうした自分を恥じない強さがあるからではないでしょうか。

 人間としての怒りは、アウシュビッツやド・ゲメネのような暴挙に拮抗し、時には世の中を変える原動力にもなるものです。
 オスカルは、いつの時代に生まれても、怒りや疑問をうやむやにしたりせず、きっと自分の信念に基づいて行動しただろうな――と思うと、私もささやかながら(それこそ『わたしの存在など巨大な歴史の歯車の前には無にも等しい』ですが)、自分の属する社会と子供たちの幸福のために努力せずにはいられないのです。(優月まり)

(注1)
「自分の思想のためには命もかける」 という言葉は、オスカルがフェルゼンへの想いを断ちきる為に、ドレス姿で舞踏会に現れた時、フェルゼンがそうとは気付かず、「あなたにたいへんよく似た人を知っているのです」 と、オスカルの印象を語る場面に登場します。
 オスカルの人生を象徴するような一言で、私が一番好きな言葉です。

(付記)
 アウシュビッツに関する文献の引用と写真を下記に掲載しています。
 ⇒ http://malmaison.enf.pl/category/photo/aus/
 量は多くないですが、こういう史実を一人でも多くの方に知って頂けたらと願っています。

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2007/06/28 11:00:00 天の涯から―東欧ベルばら漫談 | | トラックバック (0)

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