世界史レッスン
秀吉の誓詞もカール6世の詔書も、ただの紙切れ 1740年
~アントワネット生誕15年前~
豊臣秀吉は57歳になってからようやくさずかった息子、秀頼が可愛くてならず、何としても天下を継がせたいと願った。そこで徳川家康をはじめとする五大老五奉行にくりかえし誓詞(せいし)を書かせ、自分の死後も秀頼に忠義を尽くすと誓わせた。死の床では家康の手をにぎり、涙を流して頼みもした。
誰も知るとおり、そんな約束などないも同然、誓詞も紙切れ同然で、豊臣家は家康によって完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰(つぶ)されてしまう。
ハプスブルク家も、危うくそうなりかけたことがあった。カール6世の息子が早世したときだ。皇帝は万が一を考え、長女のマリア・テレジアの相続権を守るため、国事詔書(しょうしょ)を制定した。
これは領土不可分と長子相続(つまり女系継承を認めたもの)を前提としており、彼はこの詔書を多大な犠牲をはらってフランス、イギリス、プロイセン、スペインなど各国に承認させた。
ところが1740年、カール6世は病死、23歳の若いテレジアがあとを継ぐや、たちまち周りに不穏な動きがあらわれる。詔書など何の役にもたたなかったのだ。
中でもひどいのは、プロイセンのフリードリヒ大王(このときはまだ即位したばかり)。宣戦布告もなく、いきなり3万の兵士をオーストリア領シュレージエンに動員してきた。「近世におけるもっともセンセーショナルな犯罪」と、後の歴史家が名づけたゆえんである。
こうしてオーストリア継承戦争は8年にもわたって続き、乳飲み子をかかえたテレジアは奮戦したものの、ついにシュレージエンはプロイセンの手に落ちる。幸い彼女に抜群の政治センスがあったおかげで、豊臣家と違い、ハプスブルク家はこれ以上の損害をこうむらずにすんだ。
マリア・テレジアは生涯フリードリヒ大王を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌い、憎んだが、まあ、当然ではないでしょうか。(中野京子)
*秀吉にはこれ以前にふたりの子がいた(秀勝(石松丸)、鶴松)との説があるが、前者はその存在すら疑問視されており、後者も秀吉の子ではないとの説が強いため、筆者は子どもひとり説を取りました(実は秀頼自体、別人の子説があるほどで、それについては「中野京子の花つむひとの部屋」⇒ http://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006 をお読みください。
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投稿者 中野京子 2007/08/07 9:32:01 世界史レッスン | Permalink | トラックバック (2)
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