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2007年11月20日 (火)

世界史レッスン

公開死体解剖ショー 1836年

  ~アントワネット没後44年~

 アンデルセンの片思いの相手であり、童話『ナイチンゲール』などのモデルでもあったスウェーデンのソプラノ歌手ジェニー・リンドは、ヨーロッパ・オペラ界を引退したあと、アメリカでのコンサート・ツアーをおこなった。

 これは行く先々で熱狂的な歓迎を受け、とりわけボストンでは、8ドルのチケットに対し625ドルという破格のプレミアがついて話題を呼んだ。1年半にわたる100回を超えるコンサートという、このツアーの大成功によって、リンドは「19世紀最大の歌手」との評価を得たのである。

 しかしはじめオファーがあったとき、彼女は周囲からかなり反対されたのだった。というのもツアーを仕切る興行師フィニアス・バーナムを、いかがわしい人物と見なす向きが多かったからだ。

 後年、アメリカ・サーカスの黄金時代を築くことになるバーナムだが、当時はニューヨークのミュージアムで、「フィジーの人魚」「シャム双生児」「親指トム将軍」「ヒゲ女」といったあやしげな見世物で当てていた。それ以前となるともっとすごい。

 1836年、バーナムが仕掛けたアトラクションは、161歳(!)のジョイス・ヘスという黒人女性だった。盲目で歯のない彼女は、なんと初代大統領ジョージ・ワシントンの乳母で、その出産にも立ち会ったというのだ。呆れるが、この巡業は大受けした。

 さらにヘスの死後、バーナムは彼女の遺体でもう一儲けを企む。科学的に実証するためとの名目で、入場料をとって公開解剖に付したのだ。1500人の一般人がつめかけたというから、怖い話ではないか。

 解剖の結果、ヘスの年齢は100歳どころか、せいぜい70代にすぎないことが明らかになったが、にもかかわらずバーナムが興行の世界から追放されることはなかった。遺体は実は別人だった、などあれやこれやの言い逃れが奏功したらしい。

 新奇を求める大衆の期待に応(こた)える術を知る彼は、ますます成功者の道を驀進(ばくしん)し、自伝も長くベストセラーを続けた。(中野京子)

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投稿者 中野京子 2007/11/20 8:08:16 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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