天の涯から―東欧ベルばら漫談
デッドマン・ウォーキング~マリア・テレジアの娘として~
ポーランドでは1997年に死刑制度が廃止されていますが、今年の9月になって、10月10日を「死刑に反対する欧州デー」にしようというEU議長国の提案に対し、拒否権を発動したことで問題になりました。
もちろん、この拒否は死刑制度の復活が目的ではなく、安楽死や中絶といった生命の尊厳に関わる重要な問題について考える「生命擁護の日」とするべきだというのがポーランド大統領の主張で、こうしたトピックを強調することで、意見を違える国内政党を牽制する意味もあったようです。
何にせよ、EU全体が死刑廃止で一致しているのは今後も変わらないでしょう。
死刑と言えば、日本でも様々な議論がなされていますが、このテーマについて真っ向から取り組んだのが、スーザン・サランドンがアカデミー主演女優賞を獲得した映画『デッドマン・ウォーキング』(95年)です。若いカップルを射殺しながら「オレは無実だ。社会が悪い」 と過激な主張を繰り返し、まるで反省の色のない死刑囚のマシューと、彼から助力を求める手紙を受け取った修道女ヘレンの切実なやり取りが心を揺さぶります。
「デッドマン・ウォーキング」とは、死刑囚が独房から処刑室に連行される際、看守が周囲に宣する言葉で、「死刑囚が行くぞ!」という意味です。
本作では、実際アメリカで行われている毒物による処刑の様子がそっくり再現されており、果たして凶悪犯に対して死刑を執行することが真実の解決となるのだろうか……という問いかけがなされています。
最近では、某国の元大統領が絞首刑にされる模様が世界中のメディアで放送されましたが、私には一種の見せしめのように思えましたし、あのように人ひとりの命を断ったところで、即時に平和が実現されるかと言えば決してそうではなく、罪を犯したものは犯したなりに、生きて為すべきことがあるのではないかと考えさせられることしきりです。
「ベルばら」では、ルイ16世の処刑をめぐる議論の中で、「祖国が栄えるために、ルイは死ななければならない」 というセリフがあります。
これは池田理代子先生の創作ではなく、死の大天使と恐れられた革命家サン・ジュストの言葉として歴史に残っているものですが、私はこのセリフだけはどうにも受け入れられなくて、今でもこの箇所は飛ばして読んでいます。いかなる理由があれ、この世に「死ななければならない」人間など無いと思うからです。
しかし、ほんの200年ぐらい前にはこうした考えがまかり通って、しかも死そのものを見せ物にしていたのですから、恐ろしいというか、情けないというか、同じ人の世には思えないですよね。
が、一方で、そうした過去を経て、「死刑」以外の道を模索しているEU諸国の動きを見ていると、人も社会もゆっくりではあるけれど進化してゆくものなのかな、と感じます。
フランス革命では、ルイ16世に続いて王妃マリー・アントワネットも処刑されましたが、ハプスブルグ家の皇女に生まれ、栄耀栄華を極めたフランス王妃から一転、罪人として両手を縛められ、髪をばっさり切り落とされて、ボロボロの馬車で処刑広場に連れて行かれたマリーの心中はいかなるものだったでしょう。彼女の胸に去来したのは、美しかった日々か、あるいは後悔か、普通の人間には到底計り知れません。
しかし、「マリア・テレジアの名を恥ずかしめぬ立派な女王として死を待ちます」 という言葉通り、恨みもせず、泣きわめきもせず、潔く断頭台に立ったことを思うと、マリーの胸には最後まで敬愛する母の面影があったにちがいありません。
若かりし頃は一度としてその忠告を受け入れず、年老いた母を死ぬまで嘆かせたマリーですが、天国で再会した時には、マリア・テレジアも「よく頑張ったわね」と娘の肩を優しく抱きしめたことでしょう。
EU諸国ではもう何年も死刑が執行されていないと言います。
死刑の是非は、幾多の歴史的悲劇を知る現代人に託された、大きな課題の一つであるといっても過言ではありません。(優月まり)
◆映画「デッドマン・ウォーキング」について
個性派監督ティム・ロビンスによる実話に基づいた渾身の一作。メイクアップ無しでシスター・ヘレンを演じたスーザン・サランドンはアカデミー主演女優賞を獲得し、一時期ハリウッドのお騒がせ男としてスキャンダルの絶えなかったショーン・ペン(マドンナの元夫)が、最後は神の愛に目覚めて人間としての良心を取り戻す死刑囚を熱演しています。
こちらにレビューを書いていますので、興味のある方はどうぞ。
⇒ http://malmaison.enf.pl/eclipse-2
原作は、死刑廃止論者で、死刑囚の精神アドバイザーとして活躍するシスター、ヘレン・プレジャン女史の著書「デッドマン・ウォーキング」(中神由紀子:訳 徳間文庫)です。
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/11/22 11:00:00 天の涯から―東欧ベルばら漫談 | Permalink | トラックバック (0)