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2007年11月13日 (火)

世界史レッスン

ザッハトルテとメッテルニヒ 1832年

  ~アントワネット没後39年~

 フランス革命とナポレオン戦争の後始末のため開かれたヴィーン会議で議長をつとめたオーストリア外相メッテルニヒは、自由主義運動家たちを弾圧するのに忙しく(?)、ストレスも多かったのだろう、甘いものに眼がなかった。

 1832年のある日メッテルニヒは、料理人見習いでまだ16歳のフランツ・ザッハーに、何か新しいスイーツを作るよう命じた。フランツは大急ぎでチョコレートケーキを仕上げるが、これが現代にまで続く極上の銘菓ザッハトルテの誕生であった。

 まもなくフランツはケーキ販売で富を築き、40年後には息子エドヴァルトが豪華ホテルを創設、ザッハー一族は順調なる発展を遂げました、めでたし、めでたし・・・と言いたいところだが、後年、いわゆる「甘い戦争」が勃発する。

 一時ホテルが経営難に陥ったときのこと。一族は、ヴィーン菓子の老舗デーメルに資金援助をあおいだ。その過程で、門外不出のはずのザッハトルテのレシピが、なぜかデーメルへ流出してしまったのだ。

 デーメルはさっそくザッハトルテを生産販売しはじめ、ザッハー側は名前の使用差し止めを法に訴えた。裁判は7年も続いたが、けっきょくザッハーが敗訴。レシピは正規に買い取った、とのデーメル側の主張がとおり、両者とも販売権が認められた。

 今ではザッハーのが「オリジナルのザッハトルテ」、デーメルのは「デーメルのザッハトルテ」として(いかにも妥協の産物的命名で、ちょっと笑える)売られている。

 レシピが同じとはいえ、微妙に差異化されているのも面白い。まず見た目でいえば、扇形のトップに載っているチョコレートメダルが、ザッハーのは丸型、デーメルのは三角形だ。

 味は、あんずジャムの入れ方でごくわずかながら違いがある。デーメルのはスポンジケーキとチョコレートの間にはさんでいるだけだが、ザッハーのはコーティングしたチョコレートの上にも薄く塗ってある。あんずのほんのりした酸っぱさが、チョコの甘さを引き立てる。

 こう書くとザッハーの方が美味しそうに思われるでしょうが、実はどちらも甲乙つけがたいお味です!(中野京子)

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投稿者 中野京子 2007/11/13 8:49:52 世界史レッスン | | トラックバック (2)

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