2013年2月末をもってブログの更新を終了いたしました。 ⇒詳しく
e-book Japan ベルサイユのばら

0228delete -->

« パリのお花屋さんに聞く!パリジェンヌっぽいノエルのお花 | トップページ | 空を飛ぶル・ルー »

2007年12月 4日 (火)

世界史レッスン

グレゴリオ暦とフランス革命暦 1752年

  ~アントワネット生誕3年前~

 わたしたちが現在使っているカレンダーは太陽暦の「グレゴリオ暦」と言い、驚くなかれ、日本に導入されたのは1872年。まだ150年もたっていない(それまでは「旧暦」、つまり太陰太陽暦だった)。

 日本が鎖国していたからだろうか?そうではない。世界中が共通の暦を使用するまでには、かなりすったもんだの歴史があるのだ。

 紀元前46年にユリウス・カエサル(クレオパトラを恋人にした、あのシーザーです)が、それまでの太陰太陽暦を廃止し、1年を365,25日と定めた太陽暦「ユリウス暦」を定める。ところがこれが500年、600年とたつうち、だんだん日にちがずれてきて、16世紀にはついに10日間の狂いが生じてしまった。

 そこで当時の教皇グレゴリウス13世が改良をおこない、1582年に、ズレの少ない「グレゴリオ暦」を作成。カトリック諸国はすぐこれを採用した。しかし犬猿の仲であるプロテスタント国家や他宗教国は、便利でも敵の作ったものなど使いたくないということもあってか、導入がずいぶん遅れる。

 ドイツ1700年、イギリス1752年、スウェーデン1844年、ロシア(ソ連)1918年、トルコ1927年だ。ちなみに中国は日本よりさらに遅く、1949年度の採用である。

 1752年に改暦が法制化されたイギリスでは、労働者たちの暴動が起こった。なぜなら「9月3日水曜日の翌日を9月14日木曜日とする」と発表されたため、11日間が消滅してしまい、この消えた11日分の賃金を支払わない雇い主が出たりして、タダ働きさせられた労働者が怒ったのだ。

 実はフランス革命のときにも、共和国政府が改暦を試みている。十進法による合理性を目指したものではあったが、七曜が廃止され、年初(元旦)は9月22日(共和制宣言のおこなわれた日)とされるなど、全く国際性がないため12年余で廃止になった。

 当初、共和国政府は罰則までもうけて国民に新暦を強制したのだが、人気がなければ定着しないのは暦もファッションも同じ。(中野京子)

お便り募集このコラムをお読みになった皆さんの感想や質問をお待ちしています。 ⇒こちらの「ベルばらKids専用フォーム」からどうぞ。

投稿者 中野京子 2007/12/04 8:23:19 世界史レッスン | | トラックバック (1)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165303/17269624

この記事へのトラックバック一覧です: グレゴリオ暦とフランス革命暦 1752年:

» 「幸せはいつも3月花のころ・・・」(世界史レッスン第91回) トラックバック 中野京子の「花つむひとの部屋」
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の世界史レッスン第91回目の今日は、「グレゴリオ暦とフランス革命暦」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/12/post_30fe.html#more  イギリスでの改暦の暴動や、フランス革命政府が強制しようとしたへんてこな暦についてのエピソードを書きました。  さて、江戸時代の歌舞伎役者、5代目市川団十郎が作ったとされる戯れ歌に、  「楽しみは春の桜に秋の月、夫婦なかよく3度食う飯」  と... 続きを読む

受信: 2007/12/04 8:59:31