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2007年12月25日 (火)

世界史レッスン

姉弟、命がけの権力闘争 1698年

  ~アントワネット生誕57年前~

 『イワン雷帝とその息子』で知られるロシアの巨匠レーピン(拙著『怖い絵』参照)は、同じく遠い歴史を題材に『皇女ソフィア』も描いている。これまた物凄まじい迫力の肖像画だ。(⇒こちらをクリック

 ノヴォジェーヴィチー女子修道院の暗い室内、腕組みしてこちらを睨(にら)みつけるソフィア。がっちりした体格、ぼさぼさの髪、怒りに燃える眼--怒るのももっともなのだ。窓の外には、わざわざ彼女に見せつけるように、こちらを向いた首吊り死体がぶら下がっている(画面右上)。

 ソフィアはこの時41歳。ここに幽閉されて、すでに10年近くたっていた。異母弟であるピョートル大帝との権力闘争に敗れたためである。

 ふたりの父はロマノフ朝2代目のツァーリ、アレクセイで、彼は最初の結婚から13人、再婚から3人の子どもたちを得たものの、跡を継ぐ男児がまだ幼いうち亡くなった。そこで当時25歳だったソフィアが、小さな弟たちの摂政として君臨したのだ。

 知的で野心的、男顔負けの権力志向のソフィアは、もちろん弟が成人したところで実権を手放す気などさらさらなかった。こうして姉弟の激しい戦いが始まるが、1回目は彼女の勝ち。ここでピョートルを殺さず追放しただけなのを、生涯悔いることになる。なぜなら2回目は完敗。修道院へ閉じ込められてしまうからだ。

 3回目の結果が、レーピンのこの物語画で語られる。

 ピョートルが偽名を使ってヨーロッパ旅行中、どうやらソフィアは銃兵隊の反乱を指揮したらしい。旅を早めに切り上げて帰ったピョートルは、謀反人を1000人以上処刑、怒りにまかせて剣をふるい、自ら数人の首を刎(は)ねたほどだ。

 ソフィアの関与を信じるピョートルは、処刑前、彼らに過酷な拷問を加えて何とか物証を上げようとしたが無駄だった。そこで腹いせとして、首謀者の死体を彼女の部屋の窓に吊るしたという次第。ソフィアはこの6年後、憤死する。

 一口にきょうだい喧嘩とはいうが、壮絶なものだ。(中野京子)

《関連コラム》
~並大抵の大帝ではない~
ばればれの変装…ロマノフ王朝5代目ピョートル大帝は、いわば織田信長をスケールアップさせたような、桁(けた)外れの独裁者にして改革者だった。
ピョートル大帝の黒人奴隷…ピョートル大帝と織田信長には、時代こそ違え共通したところが多かった。

~兄弟姉妹あれこれ~
マリア・テレジアの16人のこどもたち
兄弟3人、みんな王にはなったけれど
ナポレオンを兄にもつと

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投稿者 中野京子 2007/12/25 8:41:59 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」にて連載中の「世界史レッスン」第94回目の今日は、「姉弟、命がけの権力闘争」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/12/post_5a86.html#more  ソフィア皇女とピョートル大帝の激しい権力闘争について書きました。  「世界史レッスン」は、今年はこれでおしまい。新年度は1月8日からです。  さて、わたしの今年度の仕事に関する総括ですが、本は3冊出しました。1月にツヴァイクの「マリー・アントワ... 続きを読む

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