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2008年1月22日 (火)

世界史レッスン

遺体盗掘から殺人へ 1829年

  ~アントワネット没後36年~

 18世紀以来、人体への解剖学的関心の高まりとともに、医学用の死体が不足しはじめる。絞首刑にされた殺人犯の死体を使うことになっていたのだが、需要と供給がアンバランスになったのだ。

 犯罪はあらゆるところにはびこるもので、医者が高値で買い取るとなると、夜中に墓地から遺体を掘り返して売りさばく不心得者が出てきた。彼らは「復活屋」などと呼ばれ、他国へ輸出するビジネスマン(?)まであらわれるにいたって、警察は取締りを強化し、遺族たちも自力で監視するようになった。

 こうして新鮮な死体の価値がますます上がったため、やはりというべきか、死体が見つからなければ、死体を自分で作ればいいのだ、と考える鬼畜(きちく)のごとき輩が出てくる。有名なのは、バークとヘアの二人組である。

 舞台はスコットランド。400人の学生をかかえるノックス博士という解剖学者が、ロンドンはおろかヨーロッパ各地から解剖用死体を買い付け、盗掘されたものとわかっても敢えて目をつぶっているというのを聞きつけたバークとヘアは、自分たちで殺した13人もの死体を次々博士のもとへ運んでいった。何も詮索(せんさく)されず、きちんと金を支払ってもらった。

 彼らがターゲットにしたのは、うるさく騒ぎたてる家族のいない浮浪者や売春婦、孤児、といった弱者たち。自宅へ連れ込んで酒を飲ませたり食事を与えたりして油断させ、絞め殺していた。回数が増えるにつれ殺し方が残虐になり、発覚の決め手はベッドに付着していた大量の血痕であった。

 1829年、バークは絞首刑になる(死後、解剖されたに違いない)。もうひとりのヘアの方は、犯罪がばれそうになる直前、相棒を密告してあったので、司法取引で不起訴となったが、彼を知る人間たちから生石灰を眼に入れられて失明し、野垂れ死にしたらしい。

 ノックス博士はといえば、とうぜん石持て追われるごとく大学を去ったが、その後ロンドンの病院の外科部長になったという説と、アメリカで旅回り芸人になったとの説がある。う~む、どっちだろう・・・?(中野京子)

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投稿者 中野京子 2008/01/22 8:08:39 世界史レッスン | | トラックバック (2)

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