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2008年2月26日 (火)

世界史レッスン

世界初の私立探偵社 1850年

  ~アントワネット没後57年~

 世界初の私立探偵は誰か?--2説あり、ひとりは元犯罪者で6回も脱獄をくり返しながら更正し、探偵として警察に協力、ジャン・バルジャン(『レ・ミゼラブル』の主人公)のモデルとも言われるフランス人ヴィドック。もうひとりがアラン・ピンカートンである。

 スコットランド生まれのピンカートンは、労働運動に関わった革命家として官憲に追われ、23歳でアメリカへわたって、シカゴ警察の刑事になる。きわめて優秀な刑事だったという。

 1850年、31歳で退職し、ピンカートン私立探偵社を設立。やがて彼は「アイ(目)」とあだ名されるが、それは、ピンカートン社のトレードマークが大きな見開いた目だったこと、また「我々は決して眠らない」を標語にしていたことからきている。

 最初は鉄道会社の警護が主な仕事だった。ここでの情報活動により、リンカーン大統領を列車内で暗殺しようとする計画をキャッチ、未然に阻止するという大手柄をたて(首謀者4人は公開処刑された)、探偵社の名を世にとどろかす。

 時を経ずして南北戦争が勃発すると、探偵社は北軍のため情報を収集し、終戦後は北部の大企業を得意先とした。ピンカートンの人気が今ひとつ振るわないのは、彼が資本家側に立って組合つぶしに協力したせいだろう。生地スコットランドでの活動とは、180度の転換というのが不思議だ。

 彼の死後、ふたりの息子がピンカートン社をさらに発展させ、支社数も20を超えた。FBI(連邦捜査局)が誕生したのは1924年と遅かったが、モデルはこの私立探偵社と言われている。

 ところでふつう私立探偵というと、何となくホームズやポアロや金田一、あるいはマーローやアーチャーを思い浮かべるが、スパイ活動と警備会社を兼ねたようなピンカートン社と彼らは、およそかけ離れた存在なのだろうか? 後者のふたりに関しては、案外そうでもない。

 というのも、ハードボイルド・ミステリの始祖とされるダシール・ハメットが、実はこのピンカートン社のボルティモア支社で7年間、実際に探偵業についていた。病気で辞めたあと、ハメットは作家へ転業し、経験を生かして私立探偵サム・スペード(『マルタの鷹』はノーベル賞作家アンドレ・ジッドに絶賛された)を創造したのだった。(来週に続く)(中野京子)

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投稿者 中野京子 2008/02/26 8:44:52 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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