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2008年2月28日 (木)

天の涯から―東欧ベルばら漫談

無知は知の始まり~オスカル様のピチョン体験~

 私は4年前、ポーランドで長男を出産したのですが、妊娠8ヶ月頃、前駆陣痛(本当の陣痛の前触れ)が原因で初めて地元の公立病院に入院した時、医療財政の破綻ぶりをまざまざと見せつけるような設備やサービスの粗末さに唖然としたものでした。

 こちらに来る前から、夫に「日本的なものは一切期待しないように」 とよくよく言い含められていたので、ある程度のことは覚悟していましたが、「トイレもシャワーも粗末で、配管が壊れたら壊れっぱなし」「ベッドもサイドテーブルも錆だらけで、シーツは向こう側が透けて見えるほど」「内診台に仕切りカーテンは無く、分娩台は昔ながらの平らな寝台」 等々、まるで昔の野戦病院もかくやと思われ、日本の病院の電動式ベッドや清潔なウォッシュレット・トイレ、最先端のハイテク医療機器などが夢のように思えたものです。

 とりわけ言葉を失ったのが、1日3回の病院食でした。
 オスカル風に表現すれば、
「これだけ……?! これだけって……これはスープではないのか? 野菜の切れ端がほんの少し浮いているだけの、これが病院食だというのか? うそだ……私が知っている病院食と言えば、ほかほかの白いご飯に温かい味噌汁、野菜たっぷりの煮物に、メインはぶりの照り焼きかポークカツ、時には抹茶プリンまでついて……」
 さすがの私も、生まれて初めて「野菜の切れ端だけが浮いたスープ」を見た時には、オスカルのようにスプーンの先からピチョンとスープがこぼれて、頭の中が真っ白になったものです。
 
ちなみに、こちらの平均的な病院食は、
: パン2切れ、チーズ2切れ、ミルク粥(具なし)
: 野菜の切れ端スープ、鶏の足1本、マッシュポテト、煮込みキャベツ
: パン2切れ、ハム2切れ、カッテージチーズ大さじ2杯
 「食事も治療の一環」と栄養士が綿密に献立を考え、温かい料理は温かいままに出てくる日本の病院とは大違いです。

 財政破綻が影響しているのは設備やサービスだけでなく、医療職員に支払われる給与も同様です。立派な医科大学を卒業した町一番の専門医でさえ、フルに勤務して(当直も含めて)手取りはたったの8~9万円程度。外資系企業の若手社員の半分以下とも言われています。  
 何十年にもわたる政府の失策がポーランドの医療福祉に与えた打撃は計り知れず、これからまた何十年とかけて立て直してゆくのかと思うと、「病院でまともなご飯を食べられるのはいつの日か」と果てしなく感じます。

 「ベルばら」では、野菜の切れ端スープを前に言葉を無くしたオスカルに、ロザリー「すみません、お口にあわなかったんですね……。でも、もうパンも何もないんです、ごめんなさい……」 と涙ぐみます。
 すると、オスカルは、
「なぜお前が謝るのだ? 私は今、自分がどうしようもなく恥ずかしいのだよ。何もかも知っているつもりでいた……与えられた毎日の生活を当然のものとして受けとめてきた……自分と同じ人間がこのような食べ物で生きているなどと考えてみたこともなく……」
と答えます。
 自分の『無知』を知った瞬間、これこそオスカルの第二の人生の始まりでした。

 親にお膳立てされた近衛兵の道を離れ、平民の寄せ集めであるフランス衛兵隊に入隊し、「生まれて初めて靴を履いた弟」や「一週間だけパンとスープにありついた母親」といったフランスの貧しい現実を知ってから、オスカルは繰り返し言います。
 「私はこんなにも無力だ」と。
 それは、頭の中だけの世界から抜けだして、現実と向き合い、実質的な人生を体験し始めたからでしょう。
 この世のことを本当の意味で理解したからこそ、『自分』なんてどれ程のものかと思う――この気付きこそ大人の聡明さであり、新しい扉を開く原動力ではないかと思います。

 これからますます交通や情報手段が発達し、地球の裏側の出来事を瞬時に知ることも、お散歩気分で外国を旅することも、当たり前のようになってくることでしょう。
 その際、人間の生き方には二つあると思います。
 マリー・アントワネットのように、「自分の治める国の国民がどんな暮らしをしているのか、ついに1度として尋ねることもなく」、自分の楽しみだけを追いかけて通り過ぎるか、オスカルのようにふと足を止めて考えるか、どちらかです。
 もちろん、地球の裏側の現実を知ったところで、何がどうなるわけでもないし、映画『ホテル・ルワンダ』の言葉を借りれば、「TVで他国の虐殺のニュースが流れても、人々は『怖いね』と言うだけで、平然とディナーを続ける」 、それが普通の感覚だと思います。

 しかし、オスカルのように、「私の存在など巨大な歴史の歯車の前には無にもひとしい」と思い知らされたとしても、今持てる力で自分に何が出来るか、どんな風に生きたいかを考えることはできるのではないでしょうか。
 それを考え抜いたオスカルは、銃弾に倒れたとはいえ、自分らしい生き方を叶えて、満足のうちに息を引き取りました。この充実感は、考え抜いた者にしか味わえない幸せだと思います。

 『東欧ベルばら漫談』は今回で連載を終了しますが、「ベルばら」という、この作品に散りばめられた言葉の数々、エピソードの1つ1つを自分なりに掘り下げて、より深いベルばら体験を楽しんで頂けたらと願っています。
 最後になりましたが、連載にあたって丁寧にご指導下さいました担当者さま、およびベルばらKidsスタッフ一同さまに心より御礼を申し上げます。(優月まり

★映画『ホテル・ルワンダ
 2004年に制作された重厚な社会派ドラマ。1994年、100万人以上の犠牲者を出したルワンダ内紛において、1200人もの命を救ったホテル支配人の実話を元にしています。
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2008/02/28 11:00:00 天の涯から―東欧ベルばら漫談 | | トラックバック (0)

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