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2008年2月 5日 (火)

世界史レッスン

敵国の将軍を国王に 1818年

  ~アントワネット没後25年~

 日本は第二次世界大戦で敗れたが、もしこの時アメリカが、連合国軍最高司令官マッカーサー元帥を昭和天皇の跡継ぎにせよ、と言い出したらどうなっていただろう?想像を絶する。ところがそれに近い形で、敵国の平民上がりの元帥を国王に受け入れ、その王朝を今に続けている例がある。スウェーデンだ。

 フランス革命前夜の不穏な動きの中、グスタフ3世が仮面舞踏会で暗殺された事件については前に書いた(「絶対君主たちの臨終シーン」参照)。その後グスタフ4世、カール13世と続いたが、13世はすでに高齢の上、世継ぎがなかった。

 当時スウェーデンは、フィンランドをめぐってロシア帝国と、またノルウェーをめぐってデンマーク王国と対立していたばかりでなく、ナポレオン旋風にあおられ、国の舵取りは困難を極めていた。

 そこでスウェーデン議会が了承したのが、ナポレオンの側近で義弟(妻の姉が、ナポレオンの兄の妻)でもある、ジャン・バティスト・ベルナドット元帥を、13世の世継ぎとする案。

 ベルナドットはかつてスウェーデン捕虜たちを寛大に取り扱ったとして、この国で人気が高かった。ナポレオンは別の人事を考えていたようだが、とりあえず北方政策上、有利であろうとこれを認めた。

 歴史というのは面白い。ナポレオンの思惑に反し、このベルナドット、傀儡(かいらい)になるつもりなどさらさらなく、王太子につくなり、ナポレオンの大陸封鎖を破るなど、ことごとくフランスと対立。フランス人でありながら、そして全くスウェーデン語を話せなかったにもかかわらず、何よりもスウェーデンの国益第一に行動し始める。ついには、対フランス同盟軍にまで参加、堂々と祖国を裏切った!

 こうして1818年、代書屋の息子であり、かつては反王政主義者だったベルナドットは、カール14世ヨハンとして即位。彼こそが、現スウェーデン王家ベルナドット王朝の始祖なのだ。

 ちなみに、彼が王太子だった1813年、モスクワから敗走してきたナポレオン軍をライプツィヒで迎え撃ったのが、スウェーデン史上最後の戦争である。以後、ふたつの世界大戦にも参戦していないという、うらやましい国だ。(中野京子)

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投稿者 中野京子 2008/02/05 8:28:24 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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