世界史レッスン
オーストリアの高貴な囚人 1832年
つまりゾフィの「甥」で、もしかすると恋人だったかもしれないこの青年は、ナポレオン2世、正確にはフランツ・ヨーゼフ・カール(ライヒシュタット公)だった。
なぜナポレオンの息子がシェーンブルン宮殿で暮らしていたか?
わけは単純だ。彼が3歳のとき、父ナポレオンは敗戦によって退位、島流し。母マリー・ルイーズは、息子の2世を連れてさっさとウィーンの実家へ帰ってきたのだ。
もともと政略結婚で、人身御供(ひとみごくう)のように敵国の成り上がり者の妻にされたマリー・ルイーズは、好きでもなかった男との間にできた息子にもあまり愛情はもてなかったのかもしれない、まもなくひとりでパルマ公国へ行き、そこで愛人(後に正式に結婚)との間に新たに子どもたちを産み、2世の方はほとんど顧みなかった。
2世は宰相メッテルニヒからフランス語の学習を禁じられ、少年時代は半ば宮殿に幽閉状態だったから、陰で「オーストリアの高貴な囚人」とあだ名されていた。
ハプスブルク家のナポレオン憎悪は烈しかったし、母にも見捨てられた2世は、孤独とアイデンティティの危機にさらされ続けだったといえるだろう。頼れるゾフィの存在がどれほど大きかったか、想像に難(かた)くない。
長ずるにしたがい、2世は偉大なる父のことを密かに学びはじめ、尊敬するようになるが、まもなく病に倒れ、妻子を持つことなく若死。ここにナポレオンの直系は絶えた。
ハプスブルク家にとっては、都合よかったのではないだろうか。もし2世がこの先、自分のアイデンティティを父の国フランスに求めるようなことになれば、両国ともにいっそうの緊張関係になっていたはずだ。
ちなみに後年、フランス第2帝政で皇帝となるナポレオン3世とは、ナポレオン・ボナパルトの弟の息子にすぎない。(中野京子)
⇒「オーストリアの高貴な囚人」ナポレオン2世の少年時代の肖像画はこちら。美少年です。
<関連情報>
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投稿者 中野京子 2008/03/18 8:26:53 世界史レッスン | Permalink | トラックバック (1)
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