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2008年3月25日 (火)

世界史レッスン

ついに世継ぎを残せず 1818年

  ~アントワネット没後25年~

 史上最悪の王と言われたイギリスのジョージ4世が、世継ぎのないまま逝去(せいきょ)すると、65歳の弟がウィリアム4世として戴冠した。

 3男だったウィリアムは、若いころはまさか自分が王になるとは思ってもいなかったので、ドロシー・ジョーダンという女優と夫婦同然の仲になり、20年間で10人も子どもを作って気楽に暮らしていた。

 ところがいつまでたっても長兄たる王に子ができず、次兄は亡くなり、いよいよ自分に玉座がまわってきそうだとなって、ドロシーと別れ、跡継ぎを作るための結婚をする。すでに53歳だった。

 お相手はドイツの公女アーデルハイト(英語名ではアデレード)で、1818年のこのとき26歳。王位継承者を産む責任をずっしり肩に背負ったが、6回も妊娠したにもかかわらず、死産流産、ついに願いは叶わなかった。

 目立たないことこの上ないアデレードについてのエピソードは乏しく、その少ないエピソードもどこかしら物悲しい。実子に恵まれなかった彼女は、寂しさを埋めるため、夫が愛したドロシーの子どもたちを可愛がったという。そして38歳で王妃になったときも、王がケチったため戴冠式で使う王冠に嵌(は)めこむ宝石が足りず、義母のを借りたりして、有り合わせのですませるしかなかった。王妃でいられたのも、わずか7年である。

 こうして薄幸のアデレードは、誰の注目も浴びないまま、歴史の表舞台からひっそり消えていった。さて、次は誰の手に王位が?

 順番でいえば、4男のエドワードのはずだが彼もすでに亡く、唯一残っていたのがエドワードの娘ヴィクトリアだった。芳紀まさに18歳。アデレードとは反対に、恋した相手を夫に迎え、子沢山で世継ぎにも恵まれるラッキーガールだ。

 ここから長い長い、うんざりするほど長い、ヴィクトリア朝が始まるのであった。(中野京子)

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投稿者 中野京子 2008/03/25 7:56:22 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第105回目の今日は、「ついに世継ぎを残せず」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/03/post_e05d.html  イギリスのウィリアム4世の妻アデレードについてのエピソードを書きました。  でも今日は別のトピック。  この「花つむ」にもときどきコメントをくださるレーヌスさんのブログで、楽しい投票がありまして(わたしも1票投じました)、その結果がでました。  3種あ... 続きを読む

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