2013年2月末をもってブログの更新を終了いたしました。 ⇒詳しく
e-book Japan ベルサイユのばら

0228delete -->

« 今週のベルばらKidsは「フィガロとモーツァルト」 | トップページ | 5月7日の「ベルばら絵日記」はお休みです »

2008年5月 6日 (火)

世界史レッスン

「チンギス・ハーン=義経」説&「マフムート2世の母=ジョゼフィーヌの従姉」説 1808年

 ~アントワネット没後15年~

 源義経は兄の頼朝に追われ追われて奥州へ逃げ、衣川の舘で自害して果てた。生首は鎌倉まで運ばれたが、ふつうでは考えられないほどの遅い到着だったため、本人確認はできなかったとされる。

 ここから壮大な伝説が生まれた。弁慶をはじめとした義経一行は、ひそかに本州を出て、蝦夷(えぞ=北海道)へ渡ったというのだ(平取町には義経神社まで建てられている)。

 いや、それどころではない。蝦夷からさらに大陸へ渡り、なんとなんとモンゴル帝国のチンギス・ハーンになってしまったというのだから凄い。もはや誰も信じない――実はいっとき(日本でだけ)真面目に論じられた――大ロマンである。

 話し変わって、1808年、トルコ。マフムート2世が王位を継いだ。この30代スルタン(イスラム圏君主)の母親というのが、ハーレム(後宮)の奴隷出身で外国人(本名は不明)だったところから出てきたのが、ナポレオン妃ジョゼフィーヌの従姉エイメ説だ。

 エイメもジョゼフィーヌと同じ、美女の島と呼ばれる西インド諸島マルティニ-ク(フランス領)生まれ。若いころ、乗っていた船が地中海上で消息を絶ち、以来、彼女は行方知れずになった。船は転覆したのか、それとも海賊に襲われたのか・・・

 「マフムート2世の母」説によれば、海賊にさらわれたエイメはトルコのハーレムへ売られた(まるでモーツァルトのオペラ『後宮からの逃走』の世界だ!)ものの、美貌と才覚を武器に頭角をあらわし、ついにはスルタンの母という女性最高位にまで昇りつめたというのだ。

 マフムート2世治下でトルコの西欧化が進み、親フランス政策が取られたり、反乱が起こったときナポレオンに助けを求めたりしたのは、彼女がジョゼフィーヌの従姉だった証という。また失脚したナポレオンを助けなかったのは、ジョゼフィーヌを離縁した彼に対する報復だ、とも。

 もしこれがほんとうだとしたら、マルティニーク生まれのこの従姉妹は、ともに数奇な運命のもと、片やフランス皇帝の妻、片やオスマン・トルコ帝国スルタンの母堂に成り上がったわけで、デュマの小説もかくやの面白さではないか。(中野京子)

★中野京子さんの新刊情報★
お待たせしました!「怖い絵」第2作が出ました!
「怖い絵2」(朝日出版社/価格1,890円)

 今回登場する絵は、「世界史レッスン」でも登場した『カルロス2世』の肖像画(「血族結婚繰り返しの果てに」)、ホガースの『精神病院にて』(「観光名所だった精神病院」)や、「神々のプロフィール」でおなじみのギリシャ神話のエピソードを描いたルーベンスの『パリスの審判』など20点。あの名画の印象が変わります。


詳しい本の内容はbook.asahi.com でチェック!

お便り募集このコラムをお読みになった皆さんの感想や質問をお待ちしています。 ⇒こちらの「ベルばらKids専用フォーム」からどうぞ。

投稿者 中野京子 2008/05/06 8:48:45 世界史レッスン | | トラックバック (1)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165303/41108792

この記事へのトラックバック一覧です: 「チンギス・ハーン=義経」説&「マフムート2世の母=ジョゼフィーヌの従姉」説 1808年:

» 後宮からの「誘拐」or「逃走」?(世界史レッスン第110回) トラックバック 中野京子の「花つむひとの部屋」
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第110回目の今日は「「チンギス・ハーン=義経」説&「マフムート2世の母=ジョゼフィーヌの従姉」説」⇒  http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/05/post_4368.html#more  トルコ第30代スルタンの母は、海賊に誘拐されてハーレムに連れ去られたジョゼフィーヌの従姉エイメではないか、という説について書きました。  まずその前に「チンギス・ハーン=義経」説。これを知っ... 続きを読む

受信: 2008/05/06 9:22:00