2013年2月末をもってブログの更新を終了いたしました。 ⇒詳しく
e-book Japan ベルサイユのばら

0228delete -->

« 宮廷の服飾史&特製ケーキを堪能! | トップページ | 読みました〜「オル窓」 »

2008年5月27日 (火)

世界史レッスン

ひとりでは死にたくない 1811年

  ~アントワネット没後18年~

 先週触れたように、モーツァルトの遺品の中には『クリスチャン・エーヴァルト・フォン・クライスト全集』も入っていた。18世紀に人気を博した詩人だが、子孫には戯曲家として名高いハインリヒ・フォン・クライストがいる。

 ハインリヒ・フォン・クライストは最初はプロイセン軍人として出発し、やがて文学へ方向転換した。初期に発表した『こわれ甕』(ドイツには珍しい喜劇の傑作)は、当時ワイマールで大臣をしていたゲーテによって、さっそく宮廷劇場で上演された。

 ところが演出のまずさから大失敗。野心満々だったクライストは、以降、大のゲーテ嫌いとなり、何かにつけてゲーテ批判をくり返すようになる。作品が認められないのは、ゲーテのせいだという思いも強かったらしい。

 さて、このクライスト、どういうわけか少年時代から死にたがり屋で、「いっしょに死のう」と姉や友人たちを何度も誘っていたことで知られる。そして34歳のとき、ついに同行者を見つける。パーティで知り合った、10歳の娘を持つ人妻フォーゲル夫人だ(夫君は地方官吏)。どうやら彼女は末期癌だったようで、やはり死ぬならひとりは嫌だと思っていた。

 警察の詳しい報告書が残っている。それによれば、ふたりは1811年11月、ベルリン郊外のホテル「クルーク」(「甕(かめ)という意味のドイツ語。奇遇だ!)にあらわれ、2部屋をとり、1泊した。翌日の午後、近くのヴァン湖でピクニックをしたいからと、旅館従業員にテーブルや椅子、コーヒーなどを運ばせた。

 準備した従業員は、ふたりが湖に石を投げたり鬼ごっこしたりして、楽しそうに遊びまわるのを目撃している。しばらくして2発の銃声が聞こえた。もどると、死んでいた。

 クライストの撃った弾は、夫人の心臓を的確に射抜いていた。彼は夫人の死を見届け、両手を祈りの形に組んでやってから、口にピストルをくわえて引き金を引いている。即死。ともに遺書を残しており、死ねて幸せだと書いてあった。

 ふたりは通常の意味での恋人どうしではなかった、というのが定説になっている。心中前夜に別々の部屋を取っているのが有力な証拠だが、呆れたことに某日本人男性研究者は、それ以外の「証拠」として、彼女が年上でしかも美女ではなかったから、と堂々と論文に書いていた。嘆。(中野京子)

★中野京子さんの新刊情報★
お待たせしました!「怖い絵」第2作が出ました!
「怖い絵2」(朝日出版社/価格1,890円)

 今回登場する絵は、「世界史レッスン」でも登場した『カルロス2世』の肖像画(「血族結婚繰り返しの果てに」)、ホガースの『精神病院にて』(「観光名所だった精神病院」)や、「神々のプロフィール」でおなじみのギリシャ神話のエピソードを描いたルーベンスの『パリスの審判』など20点。あの名画の印象が変わります。


詳しい本の内容はbook.asahi.com でチェック!

お便り募集このコラムをお読みになった皆さんの感想や質問をお待ちしています。 ⇒こちらの「ベルばらKids専用フォーム」からどうぞ。

投稿者 中野京子 2008/05/27 8:16:18 世界史レッスン | | トラックバック (1)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165303/41336382

この記事へのトラックバック一覧です: ひとりでは死にたくない 1811年:

» 天使ガブリエルの大活躍 トラックバック 中野京子の「花つむひとの部屋」
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第113回目の今日は、「ひとりでは死にたくない」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/05/post_8c42.html  ドイツの戯曲家クライストの心中事件について書きました。もうずいぶん昔になりますが、ベルリン郊外ヴァン湖のほとりにある彼の墓を訪れたことがあります。道がわかりにくく、地元の人もあまり知らないようで、やっとたどりついたそこは何だかものすごく荒れ果てていたのが印... 続きを読む

受信: 2008/05/27 9:04:02