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2008年5月13日 (火)

世界史レッスン

王妃は娼婦に憧れた? 1725年

  ~アントワネット生誕30年前~

 1725年、ポーランド王女マリ・レチンスカが、ルイ15世のもとへ嫁いできた。地味で目立たず魅力のない22歳と、「憂いをふくみ、氷のように冷たく非情な美青年」15歳のカップル誕生だ。

 精力絶倫を謳(うた)われた若い王は、この年上妻に12年で10人の子どもを産ませた後は完全に興味を失い、もっと気の利いた、もっと自分を愉しませてくれる美女たちの間を渡り歩くようになる。

 夫からも臣下からも見捨てられ、愛人を作る才覚もなく、ファッションにも政治にも関心のない王妃は、お定まりのごとく退屈を美食へと振り向けた。いや、美食というより、ただ料理を大量に物も言わず胃袋へ詰め込んだだけとの説もある。食後にはヴィオラやクラブサンを弾いたが、それすらとてもへただった、というから泣ける。

 彼女はまた、しばしば髑髏(どくろ)を前に瞑想(めいそう)もした。無芸大食に瞑想とは似合わないが、当時の宮廷は、人生の無常や虚飾と対峙(たいじ)するため「髑髏礼拝」が流行していたのだ。お気に入りの頭蓋骨は、かつての社交界の華ニノン・ド・ランクロだったらしい(王妃はそう信じていた)。

 絶世の美女ニノンは、枢機卿(すうきけい)リシュリーやら劇作家モリエール、箴言(しんげん)集で知られるラ・ロシュフーコー伯など、そうそうたる人物を相手にした17世紀の高級娼婦で、あまりに派手に動いたため、いっとき修道院へ入れられてしまったほど。しかし彼女を気に入ったスウェーデンのクリスティーナ女王の尽力で解放され、今度はサロンを開いて女主人として君臨する。

 70歳になってもニノンの美貌は衰えなかったようで、男たちの求愛はとどまらなかった。かつて産みっぱなしにして捨てた息子がそうと知らず言い寄ってきて、あげくに自殺してしまったとの伝説(さすがに信じがたい)さえ残っている。

 ルイ15世の妃はそんなニノンの髑髏に向かい、何を語りかけたのだろう?

 愛にあふれた華やかな人生も儚(はかな)いものよ、と溜め息をついたのか、それとも、王妃の身分より娼婦ニノンになりたかった、とひそかに羨んでいたのかしらん・・・(中野京子)

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お待たせしました!「怖い絵」第2作が出ました!
「怖い絵2」(朝日出版社/価格1,890円)

 今回登場する絵は、「世界史レッスン」でも登場した『カルロス2世』の肖像画(「血族結婚繰り返しの果てに」)、ホガースの『精神病院にて』(「観光名所だった精神病院」)や、「神々のプロフィール」でおなじみのギリシャ神話のエピソードを描いたルーベンスの『パリスの審判』など20点。あの名画の印象が変わります。


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投稿者 中野京子 2008/05/13 8:25:59 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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