2013年2月末をもってブログの更新を終了いたしました。 ⇒詳しく
e-book Japan ベルサイユのばら

0228delete -->

« まさにその通りです♪おたより | トップページ | オスカルシート体験記 »

2008年6月24日 (火)

世界史レッスン

鬱病の音楽療法 1737年

  ~アントワネット生誕18年前~

 「血族結婚くり返しの果てに」で書いたように、スペイン・ハプスブルク家はカルロス2世をもって約200年の歴史を閉じた。次の玉座を奪い取ったのはブルボン家。ルイ14世の孫フィリップが、フェリペ5世として17歳でスペインに君臨することになる。

 太陽王から「フランス人であるのを忘れるな」と言われて送り出されたせいでもあるまいが、フェリペ5世にとってスペイン宮廷はなんとも重厚すぎ陰気すぎると感じられた(華やかなヴェルサイユで育ったのだから当たり前かも)。

 さっそく宮廷のフランス化を図り、フランス風の新宮殿や新庭園を建て、おおぜいのフランス人芸術家を招聘(しょうへい)した。スペイン人画家に対しては「ポーズする気もおきない」と手紙に書くほど気に入らなかった。

 しかし統治が長くなるにつれ(40年を超えた)、重い鬱病にも苦しむうち、音楽の好みだけはフランス風を脱却したらしい。というのも一般にフランスは――ヨーロッパで唯一といっていいほど――カストラート(去勢歌手)に無関心、ないし嫌悪を示す国として知られていた。「カストラートを擁護したフランス人はディドロだけ」と言われたくらいだ。

 そのカストラート中のカストラート、人気実力ナンバーワンのファリネッリの歌声に、フェリペ5世は心を奪われたのだ。いや、もっと正確に言えば、奪われたのではなく「癒された」。1737年、王はファリネッリに、自分専属の歌手として仕えてほしいと要請する。

 当時ファリネッリは32歳、人気絶頂だったし(観客は「神はただひとり、ファリネッリもただひとり」と熱狂していた)、声はまだ全く衰えの兆しすらなかったから、彼がこれを受け入れて永久に舞台を去り、マドリッドの宮廷に引っ込んでしまうなど、誰にとっても予想外の展開であった。

 以降、ファリネッリは歌で王の神経を慰撫(いぶ)し続ける。今でいう音楽療法といえよう。CDもラジオもない時代、音楽を聴こうと思えば生演奏しか時代だ。超一流のプロを使ってのこの療法は、王侯貴族にしかできない、贅沢きわまるものだった。

 フェリペ5世の鬱は治ったか?――さすがに完治は無理だったが、それでもベッドから起きられない状態からは回復したので、効果は間違いなくあった。 (中野京子)

《関連コラム》
血族結婚繰り返しの果てに
カストラートの追っかけ
そびえる太陽王
ルイ14世に仕えたペロー兄弟
醜貌を親に疎まれ
ルーヴル、城砦から美術館へ
ココアだけでは癒されず―ルイ14世妃

★中野京子さんの新刊情報★
お待たせしました!「怖い絵」第2作が出ました!
「怖い絵2」(朝日出版社/価格1,890円)

 今回登場する絵は、「世界史レッスン」でも登場した『カルロス2世』の肖像画(「血族結婚繰り返しの果てに」)、ホガースの『精神病院にて』(「観光名所だった精神病院」)や、「神々のプロフィール」でおなじみのギリシャ神話のエピソードを描いたルーベンスの『パリスの審判』など20点。あの名画の印象が変わります。


詳しい本の内容はbook.asahi.com でチェック!

お便り募集このコラムをお読みになった皆さんの感想や質問をお待ちしています。 ⇒こちらの「ベルばらKids専用フォーム」からどうぞ。

投稿者 中野京子 2008/06/24 8:22:02 世界史レッスン | | トラックバック (1)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165303/41631742

この記事へのトラックバック一覧です: 鬱病の音楽療法 1737年:

» 本物のカストラートの歌声(世界史レッスン第117回) トラックバック 中野京子の「花つむひとの部屋」
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の世界史レッスン第117回目の今日は、「鬱病の音楽療法」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/06/post_6e73.html  カストラートの代名詞のようなファリネッリが、その美声でフェリペ5世の鬱治療をしていたエピソードについて書きました。  ファリネッリが日本でも知られるようになったのは、1994年フランス・イタリア・ベルギー合作映画「カストラート」からだろう。  この映画は、監督(ジ... 続きを読む

受信: 2008/06/24 9:21:20