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2008年6月30日 (月)

アニばら不思議発見

アントワネット様の噂

~ベルサイユで、パリの場末でパンフレット発信される噂こそがメディアだったというお話~

アニメ版「ベルサイユのばら」には、実に様々なメディアが登場する。パリの庶民が群がるフェルゼンとアントワネット様の不倫を伝えるパンフレット、パレ・ロワイヤルのサロン、時勢を奏でるアコーディオン弾きの歌、ベストセラー本「ジャンヌ・バロア回想録」…これらのメディアが混ざり合って情報が増幅され、革命のエネルギーが生まれていく様子が巧みに描かれていた。

今回は、「アントワネット様のスキャンダル」という切り口で、彼女を断頭台に導いた要因のひとつと言えなくもない、人々の噂についてみてみよう。

スキャンダルkaraoke1 国王陛下の寵妃・デュ・バリー夫人との対立

ベルサイユ宮殿では、身分の低い者が身分の高い者に話しかけてはならない。一番身分の高いアントワネットには自分から声をかけられないから、貴婦人たちはみな、声をかけていただくのを待っていた。そして、声をかけてもらう順番は、宮廷内の力関係を示すひとつのメディアだった。「アニばら」では、アントワネットが宮廷にデビューして最初に声をかけたのがオスカル。それゆえ彼女の人気はさらに不動のものとなった?のだ。

アントワネットがデュ・バリー夫人を長年無視していたことが国際問題になったことは、史実として残っている話。第4話『ばらと酒とたくらみと…』では、デュ・バリー夫人が勢力争いに勝つためオスカルの母親を待女にしようとし、その情報を「たった今、パリで聞いてきた」といってアンドレがオスカルに報告しているが、オスカルが気付くより早くパリの噂で聞けちゃうなんて、まさに“話題沸騰”である。

それにしても、「話しかけてもらえない」という主婦のご近所ネタのような女の闘いが、対オーストリア戦争を引き起こしたかもしれないというんだから、噂というのは恐ろしい。ルイ15世が、アントワネットの態度を正すようオーストリアに圧力をかけたのも、フランス王が軽んじられているという印象が「噂」によってつくられていくのを恐れたからだろう。

そして、対立から約1年、アントワネットがようやく承諾し、完璧にシナリオ化された「お声かけ」イベントに全ヨーロッパ中の注目が集まった。しかし、またも失敗に終わり、デュ・バリー夫人は過去最高の屈辱を受けることになってしまったのである。その日、ベルナールたちパリの新聞記者はおそらくこんな記事を書いていたに違いない。

Photo

そして、その半年後の1772年の新年のあいさつで、アントワネットはようやくデュ・バリー夫人に声をかけたのだが、初のお言葉、「今日は、ベルサイユは大変な人ですこと」は、その年の流行語大賞を受賞したのではなかろーか。

スキャンダルkaraoke2 スウェーデン貴族との不倫

「どうしてこんなに夜明けが早いのでしょう」
「たとえ二人の姿がフランス中の人の目に触れようとも、あなたを離したくはありません」

そう言って夜も明けないうちに別れていく逢引きシーンから始まる、第20話『フェルゼン名残の輪舞』。昼食会では、目は合わせてもけっして人前で会話をしない…。一生懸命ばれないよう頑張っている2人なのだが、その一方パリでは、下着姿でフェルゼンに抱きつくアントワネットのパンフレットが、とぶように売れていくのだった。
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さぁ、買った 買った
こんどのはちょっと高いぜ
「一糸まとわずフェルゼンにせまるの図」シリーズだ~
オーストリア女とスウェーデン男の恋<第2弾>だよ~
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アントワネットの中傷が民衆の間に派手に流れていった背景には、いろんな要素があったようだ。彼女が大貴族達を無視してプチ・トリアノンにお気に入りしか入れなかったことが、除け者にされた貴族達の怒りをかい、彼らがパリでアントワネットへの中傷を吹聴していたようだし(彼らは、デュ・バリー夫人との対立を扇動し宮廷を追われたアデレード王女や、宮廷を追われたデュ・バリー夫人の居城に集まっていたといわれる)、彼女がオーストリア人であったことも大きな要因だ。

自分たちが税金を払っている王妃が自国の人でないばかりか、おまけに、フランス人国王をないがしろにして外国人の色男と恋愛をしている、そう思えば当然「俺たちの税金で何してるんだ!」という怒りで、誹謗中傷もエスカレートしただろう。

また、ベルサイユ宮殿が庶民にとって遠い存在だったことも、卑猥な想像や勝手な解釈を増幅させていたと思う。実際、ベルサイユ宮殿が完成して以来、ルイ14世の後を追って貴族たちはこぞってベルサイユに移り住み、庶民は首都パリに置き去りにされてきた。そもそもベルサイユ宮殿は、ルイ14世が世界に向けて絶対王政を誇示するためにつくられた巨大な舞台。貴族たちはそこで、芝居、バレエ、コンサート、舞踏会、晩餐会、花火大会といったあらゆる宮廷儀式や行事に縛りつけられて宮殿に幽閉されてきた。そして、庶民にとってあこがれの存在だった宮殿は、財政難になった今では「遠く離れたところで税金で好き勝手やっている」憎むべき存在になったのだ。

こんな世状を一篇の詩で歌いあげる、あの天才アコーデオン弾きおじさんが初めて登場するのも、この第20回からだ。
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たった一杯の酒
こいつが命 色も恋もねぇ
あるとすりゃあ 借金と飢えた家族
ベルサイユのことなんか知らないねぇ
オーストリアから来た王妃だって
スゥエーデン男との火遊びごっこだって
知らないねぇ 俺たちは
ベルサイユのことなんかこれっぽっちも知らないねぇ
それよりほしいぜ たった一杯の酒
たったの一杯
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そのあとも、アントワネットには派手な誹謗中傷の噂が絶えなかった。「彼女の息子はルイ16世の子供ではない」とか、「ランバル大公妃やポリニャック公爵夫人とレズビアンの関係」だとか、「パンがなければお菓子を食べればいい」と言ったとか、裁判のときにも「息子に近親相姦を行った」として告発された。

謂れのない誹謗中傷とは対照的に、王妃の威厳を見せて死んでいったアントワネットの誇り高い最後もまた語り伝えられている。今もなお、劇的な注目を集め続けるアントワネットなのであった。(智里chisato

参考文献
メルシェ著「十八世紀パリ生活誌」岩波書店
T.C.Wプラニング「ヨーロッパ史入門 フランス革命」岩波書店
別冊歴史読本「マリー・アントワネットとヴェルサイユ」新人物往来社
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

tvTVアニメ「ベルサイユのばら」
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2008/06/30 15:25:20 アニばら不思議発見 | | トラックバック (0)

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