2013年2月末をもってブログの更新を終了いたしました。 ⇒詳しく
e-book Japan ベルサイユのばら

0228delete -->

« 生き方はぜんぜん別&愛を感じていたはず♪おたより | トップページ | 箱根に涼みに行かれては?♪おたより »

2008年7月25日 (金)

神々のプロフィール―ばらに宿った神話―

流転の王女、故郷へ帰る マリー・テレーズとダナエ

 死刑の判決を受けたマリー・アントワネットは、夫ルイ16世の妹であるエリザベス内親王にあてた最後の手紙にこう記している。
「かわいそうな子どもたちをおいていくことだけが心のこりでなりません」
 その“かわいそうな子どもたち”のひとりであるルイ16世とマリー・アントワネットの長女マリー・テレーズ。彼女はこの夫妻の子どもたちの中で唯一成人し、72歳まで生きぬいた。長生きはしたが、彼女のフランス革命後の人生は母親がいうようにとても“かわいそうな”ものになってしまった。

 マリー・テレーズは12歳のときにフランス革命にあって以来、歴史の波に翻弄され、流転の人生を歩む。両親を処刑されたあとでやっと軟禁されていたタンプル塔から解放されるが、哀れなことに16歳になっていた彼女は言葉をきちんと発音することすらできなくなっていたという。ウィーンにフランス人捕虜と交換で引き渡されたあと、従兄のアングレーム公爵と結婚して亡命中の夫と叔父と一緒にロシアやポーランドなどを転々とする。
 外国との戦争に敗れたナポレオンが追放され、王政復古がなされマリー・テレーズはフランスに帰国するが、彼女の平民たちへの恨みは晴れてはいなかった。生来誇り高いマリー・テレーズは少しも平民たちに歩みよることはせず、彼らを弾圧し、「復讐に戻ってきた女」 と恐れられ、憎まれた。義父アルトワ伯爵の即位により、マリー・テレーズは母親と同じくフランス王太子妃となったが、7月革命によってまたもフランスを追われ、今度は死ぬまで祖国へは戻れなかった。

 ギリシャ神話で流転の王女といえば、ダナエを思い出す。
 ダナエはアルゴスの王アクリシオスのひとり娘であった。あるとき、アクリシオスは娘ダナエが産む男の子に自分が殺されるという神託を受けた。アクリシオスは神の言葉に恐れ慄いたが、かわいい王女を手にかけることは忍びなかった。ダナエは地下に埋められた青銅の部屋に乳母とともに軟禁された。そこはまるで墓のようで、太陽の光と若い王女は別れを告げなくてはならなかった。にもかかわらず、ダナエは黄金の雨に姿を変えた神々の王ゼウスによって身ごもり、玉のような男の子を産み落とした。その子こそが、名高き英雄ペルセウスである。
 それを知ったアクリシオスは、今度は母子を箱に閉じ込め、海に捨てた。ここでもやはり娘、それに自分を殺すという孫息子すらアクリシオスは自らの手で殺すことができなかったのだろう。
箱の中でダナエは小さな息子を抱いて、その父であるゼウスに涙ながらに祈った。激しい波と風に翻弄されたその箱を運良くセリポス島の漁師が救い上げ、母子は保護された。ところが、成長した息子ペルセウスが怪物メデューサ退治にいっている最中に、この島の支配者がダナエを犯そうと迫ってきた。間一髪でペルセウスがダナエを救い出し、最後はアルゴスにふたりは帰国し、大団円となる。
 しかし、ここが神話の厳しいところで、神の与えた運命は残酷なまでに絶対であった。ペルセウスは祖父アクリシオスと和解しようと迎えにいったのだが、不幸な事故によりペルセウスがアクリシオスを期せずして殺してしまったのだ。

 いずれの王女も大変過酷な運命にさらされた。だが、結果として、復讐に走った王女は故郷を永遠に追われ、息子を介して和解の手を差し伸べた王女は故郷に安息を得た。(米倉敦子

《参考文献》
「ギリシアの神話」 カール・ケレーニイ著 植田兼義訳 中央公論社
「マリー・アントワネットの娘」 藤本ひとみ 中公文庫

お便り募集このコラムをお読みになった皆さんの感想や質問をお待ちしています。 ⇒こちらの「ベルばらKids専用フォーム」からどうぞ。

投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2008/07/25 11:00:00 神々のプロフィール―ばらに宿った神話― | | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165303/41964764

この記事へのトラックバック一覧です: 流転の王女、故郷へ帰る マリー・テレーズとダナエ: