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2008年7月22日 (火)

世界史レッスン

母VS息子VS孫バトル 1801年

   ~アントワネット没後8年

 先週は父帝による息子殺しのエピソードだったが、反対に息子が父を亡き者にして帝位を奪った例もちゃんとある。しかもそこへ至る前段階で、すでにもう凄まじい事件が起きていてーー

 ドイツの片田舎から遠くロシアへ嫁いできたエカテリーナは、無能な皇太子たる夫との間に息子パーヴェルを産む。だが時の女帝エリザベータが、自らの手で帝王教育をほどこすためその子を連れ去ったので、エカテリーナは我が子として愛することができなかった。

 女帝が崩御(ほうぎょ)すると、エカテリーナは本性をあらわし、夫を殺して自分が女帝となる。母の愛を知らないパーヴェルが、父を殺した母を憎むのは当然かもしれない(実はパーヴェルはエカテリーナの愛人の子だったとの説もあり、それならいっそう皮肉な話だ)。

 やがてパーヴェルは結婚、嫡男アレクサンドルが生まれた。するとエカテリーナは、かつて自分がされたと同じことをする。息子夫婦の手から子を奪い、自ら孫に帝王教育を授けたのだ。これでは息子より孫の方が可愛くなるのはあたりまえで、エカテリーナはますますパーヴェルを疎(うと)んじ、パーヴェルは母から暗殺されるのではないかと疑心暗鬼にかられていった。

 実際エカテリーナは、孫を後継者に決めて遺言も書いていたといわれている。ところが脳卒中で急逝し、そのすぐ後パーヴェル側が書類を片付けたため、遺言書もどこかへ消えてしまった。こうしてどうにかパーヴェルはツァーリの冠をかぶることができた。

 しかし母憎しで凝り固まっていたせいだろうか、戴冠したパーヴェルの打ち出す政策はことごとくエカテリーナの逆を行き、周囲の反感を煽(あお)った。そして今度は、父の愛を知らない息子アレクサンドルが、最大の敵として立ちはだかる(何だか「親の因果が子に祟り・・・」のようで怖い)。

 1801年、帝位についてまだ5年目のパーヴェルをクーデターが襲う。寝室に数十人の軍人がなだれ込んできて、暖炉に隠れていた彼を引き出し、殺害。公式発表は、「脳溢血での急死」。ここに24歳の若い新ツァーリ、アレクサンドル1世が誕生した。

 親子の血の絆などものともしないほど、絶対権力というものは蜜の味らしい。 (中野京子)

  

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投稿者 中野京子 2008/07/22 8:19:56 世界史レッスン | | トラックバック (1)

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