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2008年9月26日 (金)

神々のプロフィール―ばらに宿った神話―

酒と女と~ギリシャ神話と『ベルばら』における飲酒それぞれ

 ギリシャのことわざに「酒に真実あり」 「素面のときは胸の中にあるものが、酔うと舌の上にのぼってくる」 という言葉がある。
 確かにお酒の席でいつもなら言わないはずの本音をついつい口にしてしまい、あとで冷や汗をかいた経験のある人はけっこう多いだろう。
 酒は人の理性を奪い、いつもは押さえている本能を解き放つ。

 ギリシャ神話のなかでワインを創造し、各地に広めた神さまは、ディオニュソスである。彼は熱狂と陶酔の神であり、芸術のなかでも野性的で奔放な美を担当している。
 この魅力的だが極めて危険な酒神に付き従った信者たちは、バッケー、またはマイナスと呼ばれた。バッケーは、狂気のままに半裸で野山をさまよい、猛獣、ときには人間の子どもの生肉すらくらったという。凶暴なこのバッケーたちは、なんと女たちであった。

 なぜ、バッケーは奔放な酔っ払い“女”の大集団だったのだろう。
 そのことは、古代ギリシャの女たちの不自由な生き方を考えると納得させられる。

 神話や戯曲では大活躍している古代ギリシャの女たちだが、実際は女たちの地位はとても低かった。彼女たちには人権などないようなもので、財産も教育も無く、家事労働に従事させられた。また、女性だけの部屋に隔離され、外に出ないで引きこもることが女の美徳とされていた。さらに当時、裁判所で女の役割についてこう言われたという記録がある。「肉体のよろこびは娼婦が、身の回り世話は妾が、子孫を産み、家を守ってくれるのには妻がいる」
 
 男本位の女の美徳に縛られ、窮屈な生活を強いられている彼女たちのほうが、男よりも、より多くの解き放ちたいうっぷんがあったことだろう。耐えてひた隠し続ける切なる本心は、今にもあふれんばかりだっただろう。だから、バッケーは女性たちとされたのではないか。
 
 どうやらワイン大好きらしいオスカルも、酒神の力でうっぷんを晴らそうとしている。
 アメリカ独立戦争が終わったにもかかわらずフェルゼンが戻ってこないので、恋する彼の身を案じ、不安でしかたがないオスカル。彼女は庶民の酒場でくだをまき、やけっぱちでゴロツキとケンカまでしてしまうのだ。
 フェルゼンとの“親友同士”としての絆もある。フェルゼンの思い人である女主人、王妃マリー・アントワネットへの手前もある。男装し、男として生きている自分自身の立場もある。だから、オスカルは素直に心配でたまらない女心を表現できないのだ。
 この時はそんなオスカルを「かわいそうに…おまえはまちがいなく女だ」 アンドレは、穏やかにやさしく受け止めた。思わずほろっとさせられるシーンである。

 ところがジェローデルがオスカルに求婚してきた時にはそんなアンドレも切羽詰まり、かのディオニュソスをルーツとするワインに毒を入れて、心中を図ろうとしている。
 ちなみに悪女デュ・バリー夫人にいたっては、罪のない召使いを毒入りワインで本当に殺してしまった。

 ワインは、狂気と欲望の甘い味わい。
 やっぱり、お酒はほどほどにしないと……。(米倉敦子

《参考文献》
『ギリシア・ローマ名言集』 柳沼重剛編集 岩波文庫
『古代ギリシアがんちく図鑑』 芝崎みゆき著 バジリコ株式会社
『ギリシア・ローマ神話ものがたり』 コレット・エスタン、エレーヌ・ラボルト著 田辺希久子翻訳

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2008/09/26 11:00:00 神々のプロフィール―ばらに宿った神話― | | トラックバック (1)

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