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2008年9月25日 (木)

ベルサイユの音楽会

アントワネットの師匠グルック先生とはどんな人か

~ ただの音楽教師ではない! ~

マリー・アントワネットは音楽をこよなく愛し、幼少の頃のウィーン時代には、グルックらから音楽を教わっていました。このことは前回のコラムに書きましたが、音楽史上でも有名な、このグルック先生とはどんな人だったのでしょうか?また、アントワネットとはどのような関係なのでしょうか?

クリストフ・ヴィリバルト・グルック(Christoph Willibald Gluck,1714-1787)

⇒グルックの肖像画(ウィーン美術史美術館蔵)

1714年 森林管理官の長男としてバイエルンで生まれ、少年時代ボヘミアで音楽教育を受ける。
1732年 プラハ大学で音楽と哲学を修める。
1737年 イタリアのミラノでサンマルティーニ(Giovanni Battista Sammartini)に4年間師事し、オペラの作曲法を学ぶ。
1754年 マリア・テレジアの宮廷楽長の地位を得、ウィーンに定住する。
1762年 代表作《オルフェオとエウリディーチェ》を作曲。
1773年 音楽教師として仕えていたアントワネットに従いパリに移る。
1779年 代表作《トーリードのイフィジェニー》完成。
1787年 ウィーンにて没。

noteアントワネットとの関係

グルックは、オーストリア皇女マリー・アントワネットに音楽を教えていました。1773年には、フランス王家に輿入れしていたアントワネットに従い、宮廷楽長の地位を辞し、パリに移っています。
歌劇のあり方などをめぐるオペラ改革等の折には、アントワネットはグルックを擁護し、彼のオペラのパリ上演の後援もしている事から、かなりの親交があったと思われます。グルックは革命が始まる2年前に亡くなっていますが、もし、もう少し永く生きて、教え子のアントワネットが断頭台に送られた事を知ったなら、どんなに悲しんだ事でしょうか。

noteグルックの業績

グルックはオペラ創作に生涯情熱を燃やしました。脚本と音楽のありかたを考察するなど、18 世紀のオペラ改革者と目され、彼のオペラは音楽史では重要な位置を占めています。またグルックのオペラ改革は、モーツァルトの作品や、19世紀の作曲家であるベルリオーズやヴァーグナーに大きな影響を与えています。

代表作は《オルフェオとエウリディーチェ》(Orfeo ed Euridice)、《トーリードのイフィジェニー》(Iphigénie en Tauride)。

                  notes     notes     notes

来月のコラムでは、グルックが音楽界に起こした「革命」についてお話しします。(Eriko)

<主要参考文献>
井上和男監修   『クラシック音楽作品名辞典』三省堂 1996
音楽之友社編   『音楽中辞典』 音楽之友社 2006
D.J.グラウト   『新西洋音楽史 下』音楽之友社 2001

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2008/09/25 11:00:00 ベルサイユの音楽会 | | トラックバック (0)

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