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2009年4月17日 (金)

神々のプロフィール―ばらに宿った神話―

武官の心得―オスカルとアキレウス

 フランス革命という嵐の時代にあって、オスカルは様々な試練をその短い生涯の中で経験している。
 女性でありながら武官として生きなければいけなかったこと。フェルゼンへのかなわぬ思い。心から愛情をもって仕えていた王妃アントワネットとの別離。そして、一番大きな試練は最愛の男性アンドレの死である。

 しかし、オスカルはその試練にも耐え抜いた。アンドレを失い、自分ももう死んだと感じるほどの絶望感に苛まれながらも、最後までフランス衛兵を立派に指揮し、バスティーユ牢獄陥落を果たしたのである。
 
 これはもし自分だったらと考えると本当にすごいことだと思う。普通だったら、とてもじゃないが軍隊を指揮するような精神状態ではないだろう。
 この時、オスカルを支えたのはアンドレが残した「武官はどんな時でも感情で行動するものではない」という言葉だった。オスカルアンドレのこの言葉を守ったのだ。

 もしオスカルが部下達にあの場で嘆き悲しみ我を失った姿をさらしたらどうだったろう。
 オスカルはただの指揮官ではない。部下達から心から尊敬されているカリスマ的存在だ。オスカルが崩れれば部下達は多いに動揺し、戦況にも影響しただろう。
 多くの人の命や運命をかけて戦う武官は、確かにアンドレの言うように、感情で行動してはいけないのだ。

 …ということは、ギリシャ神話に登場する名だたる英雄だったらさぞや理性的だっただろうと思ってしまうが、残念ながら全然そうではなかった。
 トロイア戦争で活躍したギリシャの英雄アキレウスは、オスカルとまったく同じような状況になり、まったく反対の行動をとった。

 アキレウスは、海の女神テティスの息子で、生まれながらにトロイアを打ち負かし、ギリシャに勝利をもたらす英雄として運命付けられていた。
 しかし、アキレウス自身には利するところのない戦争であるから元々彼のモチベーションは低く、ギリシャの総大将アガメムノンとの間で戦利品のことでもめた際にはヘソを曲げて戦線離脱してしまった。
 アキレウスのいないギリシャ軍は苦境に陥った。それを見るに見かねたアキレウスの幼なじみのパトロクロスは、アキレウスの武具を身につけて出陣した。パトロクロスアキレウスにとって単なる幼なじみではない。男性同士ではあるが恋人関係であったといわれるほどに仲がよかった。しかし、そのパトロクロスは、トロイアの総大将ヘクトルに討ち取られてしまった。
 アキレウスは、大変悲しみ、そして激怒した。

 憎しみにより鬼神のごとしとなったアキレウスは、ヘクトルを討ち取った。しかし、アキレウスの復讐心はそれだけでは満たされなかった。アキレウスヘクトルの遺体を馬車にくくり付けて散々引きずり回した。すでにその命を奪ったというのにさらにヘクトルを痛めつけたのだ。
そして、パトロクロスを埋葬し終えると、彼の霊を慰めるために競技会を開き、兵士達をくたくたになるまでつきあわせた。だが、それでもアキレウスの感情の暴走が止まらない。兵士達が疲れはてて眠った後、憎しみでただ一人眠れないアキレウスは、またもや馬車でヘクトルの遺体を引きずり回したのだという。
そんなことをしてパトロクロスの霊が慰められたとは思えないが……。

 アンドレのあの言葉は、アンドレの片目を傷つけた黒い騎士ことベルナールに、オスカルが復讐の一撃をくわえようとした際のものだった。アンドレは自分のためにオスカルが武官として誤った行動をとってもらいたくなかったのだ。
アキレウスに代わって出陣したパトロクロスである。あの時パトロクロスがいたならアンドレと同じことをいったのではないかと思えてならない。(米倉敦子

《参考文献》
『イリアス』 ホメロス作 松平千秋訳 岩波文庫
『古代ギリシアがんちく図鑑』 芝崎みゆき著 バジリコ株式会社

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2009/04/17 11:00:00 神々のプロフィール―ばらに宿った神話― | | トラックバック (0)

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