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2009年4月 2日 (木)

ベルサイユの音楽会

ルイ15世 VS 王妃 オペラを巡る戦い

noteオペラ改革の重要な1つ「ブフォン論争」
以前、「ベルサイユのばら」でマリー・アントワネットの音楽の先生として知られる音楽家グルックを紹介した時に、彼のオペラ改革が、この時代の重要な変革の1つだと話しました。

グルックのオペラ革命より約半世紀前の1750年代に、もう1つ重要なオペラ改革がありました。それが「ブフォン論争」(日本語では、“道化役者の戦い”)と呼ばれるもので、前回2月のコラムで紹介したジャン=フィリップ・ラモーは、この論争に深く関与しています。

ブフォン論争のきっかけは、1752年から54年にかけて、イタリアの巡演劇団・ブフォン座が行った、ペルゴレージのオペラ「奥様女中」のパリ・オペラ座公演でした。それまでフランスでは、国王・貴族向けの宮廷オペラが主流でした。そんな中、上演されたペルゴレージのこのオペラは、市民的な内容を扱った、新しいものだったのです。このオペラを巡って、擁護派と非難派とに真っ二つに分かれて論争が行われました。

それぞれの派は、国王派と王妃派と呼ばれました。この時代のフランス国王と王妃と言ったら、「ベルばら」のファンなら、もうおわかりですね?
そう、ルイ16世とマリー・アントワネットの先代王ルイ15世と、王妃マリー・レクザンスカの事です。

以下に国王派と王妃派の特徴を箇条書きにしましたので、比べて見て下さい。

国王派
★悲劇的な題材が多く、バロック的技術の複雑さや、誇張された感情表現が特徴の、フランスの伝統的オペラを擁護。
★前回のコラムで紹介したラモーや、フレロンを中心とする。

王妃派
★言葉の明確さと快さを持ち、物語の展開が巧みで簡潔な旋律法の、イタリア・オペラを支持。
★オスカルやアンドレに涙させた、恋愛小説『新エロイーズ』の作者としても有名なジャン=ジャック・ルソーら啓蒙思想家が中心となって支持。
★ルソーは自身の主張のために、独学で得た作曲の知識を元に、ペルゴレージの様式を模倣したイタリア・オペラの「村の占い師」という作品を発表するほどの熱のいれようだった。
★ルソーはまた、この論争について様々な論文を書いており、その中で「フランス人は音楽をいうものを持っていないし、持つ事が出来ないのである。仮に持っているとすれば、彼らにとって、なおさら悪いことだ」と言っている。

note論争の行方
このように宮廷を2分するほどの騒ぎに発展した論争は、1754年、ルイ15世がブフォン座の国外退去を命じて強引に論争を終わらせ、結論はうやむやになってしまったのでした。しかしながら、イタリア・オペラはその後、モーツァルトによって頂点を迎え、対するフランス宮廷オペラは衰退していきます。

noteラモーのその後
ラモーはブフォン論争以降、更に論争的で理論的な文章を書く事に没頭しました。ラモーは1764年にパリで亡くなるのですが、最後まで虚勢を張り続け、死の床にあっても、最後の儀式を執り行う司祭の歌い方が悪いと非難したと言われています。

<主要参考文献>
音楽之友社編   『音楽中辞典』 音楽之友社 2006
D.J.グラウト   『新西洋音楽史 中』音楽之友社 2001
高橋浩子 他   『西洋音楽の歴史』東京書籍 2000

flair更新が遅れてしまい申し訳ありません。

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2009/04/02 12:38:00 ベルサイユの音楽会 | | トラックバック (0)

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