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2009年8月28日 (金)

神々のプロフィール―ばらに宿った神話―

お父さんの苦難~ジャルジェ将軍とクレオン

 オスカルの父親、ジャルジェ将軍を見ていると、「本当にお父さんという立場は難しいのだなあ」と思う。
 オスカルはなにかといえば、ジャルジェ将軍と衝突している。身分の違うアンドレを愛した時、王家を見限り革命派に身を投じた時、オスカルの前に立ちはだかったのは父親ジャルジェ将軍であった。
 一方母親ジャルジェ夫人はオスカルの前に立ちはだかったりはしない。彼女はどんな時でも娘をやさしく受け止めてあげるだけだ。これが母性のあり方というものなのだろう。

 しかし、父性というものは、家族全体をしっかり守るという責務をかせられている。そして、国家も大きな単位での家族だ。だから、たとえ愛する娘であっても自分たちが属している国の根幹を否定するような行為を許すわけにはいかなかったのは、ジャルジェ将軍にとっては仕方のないことだったのだろう。娘と国との狭間でその胸中はかなり苦しかったのではないだろうか。
 
 ギリシャ神話の中で、その深い家族愛で有名なのは、テーバイの王女アンティゴネである。アンティゴネの父オイディプス王はそうとは知らずに実の母親と結婚し、母親との間に子供をもうけた。そして、自分の罪を知ると、自ら両眼をつぶしてテーバイを去る。近親相姦の大罪ゆえに人々から忌み嫌われ、物乞いをしながら放浪する父親にただ1人付き添ったのがアンティゴネであった。
 また、アンティゴネの深い家族愛のエピソードはこれだけではない。
 オイディプスがテーバイを去った後、オイディプスの2人の息子、エテオクレスポリュネイケスが1年毎に交代で国を治めることになった。しかし、エテオクレスは1年経っても王位を明け渡さず、ついにポリュネイケスを追放してしまった。兄を恨むポリュネイケスはアルゴスの王女と結婚し、そこで兵をあげ、テーバイに侵攻した。その結果、兄弟は刺し違えて2人とも死んでしまう。
 その後、テーバイの王位についたのは、アンティゴネの叔父にあたるクレオンであった。その時、クレオンはエテオクレスのほうは丁重に葬ったが、ポリュネイケスの遺体を埋葬することは禁じた。
当然アンティゴネはこれに反発する。アンティゴネにとって、どんな罪があろうが愛する家族の遺体を野ざらしにされるなど耐えられないことだ。アンティゴネはどんなに脅されようが自分の意志を貫き通して、ついにクレオンによって生き埋めの刑に処され、自ら命を絶ってしまう。
 非情に見えるクレオンだが、私は彼はけっして悪人ではないと思う。なぜなら、クレオンはテーバイの王であり、一家の長であった。クレオンには国を、家族全体を守るという責務があった。だから、他国の軍勢を率いてテーバイを攻撃した裏切り者であるポリュネイケスを許すわけにはいかなかったのだろう。それを許しては、国の理がなりたたぬというのも事実である。

だが、この極めて父性的な判断の代償はあまりにも大きかった。
アンティゴネの恋人はクレオンの息子ハイモンで、ハイモンはアンティゴネを深く愛していた。ハイモンは恋人を死にいたらしめた父親につばを吐きかけ、自分も命を絶った。そして、愛する息子の死を知った妻もクレオンを恨みながら息子の後を追った。
家族を守ろうとしたはずのクレオンは、皮肉なことにたった1人になってしまったのだ。

家族のためとしゃかりきにがんばっているつもりが、気づいたら家族にすっかりそっぽを向かれてしまっている。
どこの国でも、いつの時代でも、お父さんの立場はなかなか難しいものである。
米倉敦子) 

《参考文献》
『ギリシア悲劇Ⅱ』ソポクレス作 ちくま文庫
『もう一度学びたいギリシア神話』 松村一男監修 株式会社西東社

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2009/08/28 11:00:00 神々のプロフィール―ばらに宿った神話― | | トラックバック (0)

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