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2009年12月 4日 (金)

日仏歴史談議

浅間山の噴火がフランス革命を起こす!?

 三部会警備の後、オスカルアンドレに胸キュンする前の場面で、ダグー大佐に、「いやな天気がつづく。」と言っているが、フランス革命の起こった1789年は異常気象だった。

 この年が特別だったわけでなく、16世紀半ばから19世紀半ばにかけて、日本ではほぼ江戸時代全般にあたる、北半球は小氷河期と呼ばれる寒い時代だった。
 原因は、偏西風帯の拡大や北極の氷山が拡大していたなど様々なことがあった。
 当然農作物にも影響を与え、日本ではが、フランスでは小麦ぶどうが不作となり、人々は飢える結果となった。

 そんな気候の中、1783年6月25日、浅間山大噴火を起こし、黒煙とともに火山灰が噴出し、7月の噴火では溶岩流により、麓の鎌原村を襲い約2千人が亡くなったという。
10月末頃まで噴火は続き、東北地方を中心に餓死者約100万人を出す天明の大飢饉を起こした。時の権力者田沼意次も失脚させている。

 ところが、噴火したのは浅間山だけではなかった。同年にアイスランドラキ山も翌年の2月頃まで続く大噴火を起こした。
 両山の爆発で発生した大量の火山灰やガスは太陽の光を遮り、さらなる寒冷化を引き起こし、世界的不作をもたらしたといわれている。

 噴火から4年後の1787年には、日本もフランスも豊作だったのだが、政治の対応が違った。日本では、老中松平定信寛政の改革で節約させて米を備蓄させたが、フランスでは、ルイ16世が財政赤字を埋めることを優先するため小麦を輸出してしまった。そのため、翌1788年の旱魃、1789年の大寒波の不作に対応出来ず、多くの国民が飢えに苦しむこととなった。そして、革命が起きた。

 日本の浅間山とアイスランドのラキ山の大噴火が、さらなる異常気象を起こしたわけだが、それに関する政治によって、違う道をたどることとなった。備蓄しててくれれば…

ちょこっと最後に…フランスの世界遺産サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼路のル・ピュイ・アン・ヴレイから少し離れた岩山の上にポリニャック城がある。ポリニャック家が支配していた地で、この岩山は水蒸気マグマ噴火によってできたものである。フランスも火山国だったんですね。(鈴木規子


〈参考文献〉

『ヨーロッパ火山紀行』 小山真人 ちくま新書
『複合大噴火』 上前淳一郎 文芸春秋
『地震と噴火の日本史』 伊藤和明 岩波新書
『夏が来なかった時代』 桜井邦明 吉川弘文館
『地球は火山がつくった』 鎌田浩毅 岩波ジュニア新書

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2009/12/04 11:00:00 日仏歴史談議 | | トラックバック (0)

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