2013年2月末をもってブログの更新を終了いたしました。 ⇒詳しく
e-book Japan ベルサイユのばら

0228delete -->

« アントワネットの演じる主役ロジーナとは ~『セビリアの理髪師』とはどんなオペラ~ | トップページ | ドキッ・ギクッ・ガーン その7♪おたより »

2010年3月26日 (金)

神々のプロフィール―ばらに宿った神話―

「世界一の幸せ者は誰?」~古代アテネの賢人ソロンの答え

 1773年のパリで、「世界一の幸せ者は誰?」と質問したら、パリっ子たちはマリー・アントワネット王太子妃殿下!」と答えたのではないだろうか。
 当時のマリー・アントワネットは17歳。皇帝の姫君ならではの完璧な立ち居振る舞いと、開きかけの花の美しさで、首都パリの正式訪問の際はパリ中の人々を魅了した。

 近衛兵として王太子妃のお供をしたオスカル「20万人の人々が妃殿下に恋をしています」と言っているが、まさにその通りで、ルイ15世の腐敗した政治に嫌気がさしていたパリ市民にとっては、若々しく美しい王太子妃殿下は未来の輝ける希望だったのだろう。
 だが、その期待は数年後には裏切られ、パリ市民の恋心は憎しみとへと変わる。そして、パリ市民はあれほど慕ったこの女性を断頭台へと送ることになるのだ。

 「人生は一寸先は闇。運命はどう変じるか分からない」
 誰もがマリー・アントワネットを見てそう思うだろうが、古代のアテネの賢人ソロンは、ずっと昔に同じことを言ったのである。

 ソロンは実在の人物で、紀元前640年から560年頃を生きた。
 賢い上に高潔な人物で、世のため人のために当時問題が山積みだったアテネの政治を行ったが、ついに問題解決には至らなかった。
 アテネの現状に失望したソロンは、諸国へ放浪の旅へと出る。
 そして、リュディア王国にて、大金持ちのクロイソス王に「世界一の幸せ者は誰?」と質問をされるのだ。
 クロイソス王は、自分ほどの大金持ちで、かつ高い地位にある人間はいないと思い、ソロン「クロイソス王、あなたです!」と答えるものと思っていた。

 しかし、ソロンの答えは全く違っていた。
 ソロンはアルゴスのクレオビスビトン兄弟こそ、世界一の幸せ者と答えたのだ。
 ソロンの語った兄弟の物語は、以下の通りである。
 クレオビスビトン兄弟の母親は、女神ヘラのお祭りに出席しなくてはならなかった。 だが、車を引く牛が草を食むために小屋から出たまま未だに戻らない。これではお祭りに遅れてしまうと、母親は困り果てていた。
 そこに、クレオビスビトン兄弟がやって来て、自らすすんで、牛の代わり車を引き、母親を無事ヘラの神殿へと送り届けた。
 人々はこの親孝行な兄弟を褒め称え、母親は鼻高々の得意の絶頂だった。そして、得意なあまり母親は女神ヘラ「最高の栄誉を息子たちに与えたもう!」と祈願した。
 お祭りの後、母親は息子たちを見つけ出し、仰天する。彼らはなんと眠るように死んでいたのだ。つまりは、クレオビスビトンは祝福され、誇らしさで一杯のその瞬間にこの世を去ったのであり、これこそ人にとっての一番の幸せなのだとソロンは言ったのだった。

 こう話しても納得しないクロイソス王に対してソロン「あなたは生きているので、まだ幸せ者なのか分かりません。死んだ時はじめてその人が幸福だったかどうか分かるのではないでしょうか」と答えたという。

 さて、そうすると、最後は断頭台で命を落としたマリー・アントワネットは結局不幸だったのだろうか。
 「ベルサイユのばら」の読者なら、そうではないと思うのでないだろうか。
 アントワネットは過ちを犯していたとしても、多くの人を愛したし、多くの人に愛されてもいた。なによりもフェルゼンほどの男性に命をかけて守られた女性が不幸だったわけはないと私は思う。(米倉敦子

《参考文献》
『古代ギリシアがんちく図鑑』 芝崎みゆき著 バジリコ株式会社
『ギリシア・ローマ神話辞典』 高津春繁著 岩波文庫

お便り募集このコラムをお読みになった皆さんの感想や質問をお待ちしています。 ⇒こちらの「ベルばらKids専用フォーム」からどうぞ。

投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2010/03/26 11:00:00 神々のプロフィール―ばらに宿った神話― | | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165303/47897707

この記事へのトラックバック一覧です: 「世界一の幸せ者は誰?」~古代アテネの賢人ソロンの答え: