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2010年4月22日 (木)

ベルサイユの音楽会

オスカルはなぜこんなに怒っているのか?   ~『セビリアの理髪師』とはどんなオペラ~

 こんにちは。春らしくなってきた今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
 今回の「ベルサイユの音楽会」では、『セビリアの理髪師』のあらすじの続きを書きたいと思います。

Photo_2

 上の原画資料(『ベルサイユのばら2巻』集英社文庫P223(C)池田理代子プロダクション)では、オスカルが凄い剣幕で怒っていますね。本人は「私は落ち着いている!ああ、冷静この上ないよ!」と言っていますが、どうもそのようには見えず、アンドレはタジタジです。
 どうしてこのようにオスカルは怒っていたのでしょうか? 第二幕のあらすじを通して考えていきたいと思います。

crown一幕のあらすじはこちら

♪あらすじ

第二幕

 一幕で、フィガロの計画が失敗したので、今度は伯爵(リンドロ)が変装し、病気の音楽教師バジリオのかわりの音楽教師とウソをついて館に再度入りこみます。当然バルトロは不審に思いますが、音楽教師になりすましたリンドロ(伯爵)は、わざと伯爵の悪口を言ったりして、バルトロに自分を信用させます。しかし、ロジーナは代わりに来た音楽教師がリンドロだとすぐ見抜き、歌のレッスンをしながらバルトロの目を盗んで愛を確認します。
 そこにフィガロがバルトロの髭を剃りに現れます。バルトロは彼にタオルを取りに行かせます。その隙にフィガロはバルコニーの窓の鍵を盗み、ようやく髭を剃ろうとした時、病気のはずのバジリオが現れます。一同驚いてしまいますが、すかさずリンドロは、バジリオに「病気なのに無理してはいません」と忠告し、彼にこっそり財布を渡し、退場させます。
 フィガロが髭剃りをしながらうまくバルトロの目をそらせる間に、リンドロとロジーナは駆け落ちの計画をします。しかし直後にバルトロがリンドロの変装に気づき、皆を追い返してしまいます。
 怒ったバルトロオはロジーナに、リンドロはロジー ナをアルマヴィーヴァ伯爵に売りつけるつもりだったのだと、様々な方法を使って信じさせます。騙されたんだと落胆したロジーナは腹いせにバルトロとの結婚を認めてしまいます。
 その後、伯爵とフィガロが盗んだ鍵でバルコニーからロジーナの部屋の中に入ります。そして伯爵は、ロジーナが、身分も金もない「リンドロ」を愛していることを知り、感激して自分が実は伯爵なのだと正体を明かし、(注1)ロジーナの誤解を解きます。
 二人が誤解をといている隙に、バジリオと公証人がやってきます。しかし、伯爵(リンドロ)はバジリオに指輪を渡し買収してしまい、バジリオとフィガロを証人にしてロジーナとの結婚を果たします。
 バルトロが兵士達を連れて駈けつけますが、バジリオにも裏切られた事を知り、伯爵の身分を聞いて愕然としてしまいます。ですがバルトロは、伯爵からロジーナの持参金は必要ないと言われ、持参金が自分の物になるとわかり、二人を祝福してフィナーレ。(注2)一同、喜びで幕となります。

 このようにこのオペラは、ドタバタしますが、一応ハッピーエンドで終わります。
 さて、どこの部分がオスカルの逆鱗にふれたのでしょうか?
 「あの脚本を読んで、国民達がわれわれ貴族をどう思っているか」とあるように、どうやら、脚本に問題があるようで、理由は何点か挙げられます。

まず、アントワネットの役のロジーナですが、医者バルトロの姪で、お金持ちかもしれませんが貴族ではありません。そんな役をオスカルにしてみればアントワネットが演じるのが不満だったのかもしれません。

「伯爵はロジーナが、身分も金もない「リンドロ」を愛していることを知り、感激して正体を明かす。」(注1)とあるように、貴族や平民は等の身分は関係ない。大切なのは愛なのだという、その当時の身分制度を無視したストーリーと、それを支持している、どちらかといると民衆側の気持ちが表れている脚本を、貴族のトップであるアントワネットが演じるということはあまりにも馬鹿げていると感じたのかもしれません。

バジリオに財布を渡して退場させたり、指輪を渡して買収したり、伯爵からロジーナの持参金は必要ないといわれ、持参金が自分の物になるとわかり、二人を祝福してフィナーレ。(注2)とあるように、結局、なんだかんだ言って、お金で解決させた伯爵にも腹を立てているのかもしれません。

原作の戯曲はカロン・ド・ボーマルシェという人物が書いていて、この人物はとても貴族の事を風刺的に書き、人気を集めていました。そんな人物の作品をアントワネットが演じる事も、オスカルを憤慨させた一要因なのかもしれません。

 このように、所々で、オスカルが怒るのも無理もない脚本です。ただ、平民のアンドレには、『セビリアの理髪師』は当時の平民の間ではとても人気のオペラだったので、なぜオスカルがこのように憤慨してるのかが理解できず、驚いてしまったのかもしれませんね。アンドレにとっては、身分を超えた愛というのがまた魅力のオペラだったのかもしれません。

 今回、このコラムで取り上げた、『セビリアの理髪師』は、ロッシーニの物を取り上げましたが、オスカルやアントワネットが知っているオペラは、年代的に言って、前回のコラムで少しふれたように、同名のオペラ、ジョヴァンニ・パイジェロの物でしょう(内容はロッシーニのものとほぼ同じ。ロッシーニのオペラは、最初は、アルマヴィーヴァ伯爵というオペラのタイトルだったが、後に『セビリアの理髪師』に変更した)。
 ですが、現代では、ジョヴァンニ・パイジェロの『セビリアの理髪師』は忘れられ、『セビリアの理髪師』と言えば、多くの場合はロッシーニの作品の事を指します。
 ロッシーニは多くのオペラを書きました。
 民衆にとても人気のあった作曲家で、作品のほとんどは民衆のために書き、内容も民衆中心で、貴族の事をあまり良くなく書いている事も事実です。もし、この、ロッシーニが『セビリアの理髪師』を書いていた時代に、オスカルが生きていたら、オスカルはどんな風に感じるのでしょうか?

 そんなロッシーニの事と、パイジェロ、ボーマルシェの紹介を少しずつですが次回の「ベルサイユの音楽会」では書いていこうと思っています。(Eriko)

<主要参考文献>

井上和男監修 『クラッシック音楽作品名辞典』三省堂 1996
音楽之友社編 『音楽中辞典』 音楽之友社 2006リンクを
高橋浩子 他 『西洋音楽の歴史』東京書籍 2000
中河原理 『オペラ鑑賞辞典』 東京堂出版 2004
西原稔 『音楽史本当の話』 音楽之友社 2007
皆川達夫他 『総合音楽史年表 改訂版』教育芸術社
D.J.グラウト 『新西洋音楽史 中』音楽之友社 2001

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2010/04/22 11:00:00 ベルサイユの音楽会 | | トラックバック (0)

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