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2010年9月 3日 (金)

日仏歴史談議

フランスを救った日本の蚕

 マリー・アントワネットは、次から次にドレスを作り贅沢をしていたが、そのドレスの材料といえば「」である。「絹」は、蚕の繭からとった天然繊維で、「」が欠かせない。だが、フランスの蚕に1854、55年頃に疫病が流行し壊滅的状態となった。この状態を救ったのが、「日本の蚕」だった。

 そもそも、養蚕と絹は、中国からヨーロッパへ、シルクロードを経由して伝来したといわれ、イタリアがヨーロッパの養蚕業発生の地で、ローマ時代にはすでに養蚕業が行われていたという。フランスにはイタリアから伝わり、16世紀半ば頃リヨンで絹織物の生産が始まったが、早くも16世紀後半からは宗教戦争の影響で衰退した。しかし、17世紀に入ると回復し、生産の拡大を続け、1720年頃に繁栄期を迎えた。1760、70年代から伸び悩み、1780年代には需要の減退により生産量が低下した。伸び悩みの時期に、マリー・アントワネットは多くのドレスを作っているが、彼女の贅沢でも生産量を上げることはできなかった。彼女の贅沢以上に、農民の貧困化が年々厳しくなったことが、要因といわれている。その後、19世紀半ばのナポレオン3世の頃には、リヨンは絹織物の世界的中心地となっている。再び繁栄期を迎えたにもかかわらず、1854、55年頃に蚕の疫病が蔓延してしまい、イタリアでも同様な状況だったため、1854年に開国したばかりの日本から蚕種紙(蚕の卵が産み付けられた紙)を輸入した。中国からも生糸を輸入したが、中国では太平天国の乱(1851~64年)が起こっていたため、貿易においては日本が有利だった。

 日本の蚕の卵は病気に強かったため、原料不足が緩和され、日本の蚕はフランスやイタリアの養蚕業や絹織物業を復興させた。
 岩倉遣米欧使節団(1871~73年)の特命全権大使・久米邦武は、ヨーロッパで回った各国で、接待してくれた女性たちから、「こんなよい絹の服が着られるのも、あなたがたの国のお陰です」と感謝の言葉をもらっている。

 明治になっても蚕種紙の輸出は衰えなかったが、徐々に減り、明治半ば過ぎには途絶えた。それは、フランス政府が、蚕の疫病が発生するとパスツールにその原因の解明と予防方法の研究を委嘱し、数年で原因となる原虫を防ぐ方法を発見したことで、国内の繭と糸の生産量が回復したため、日本からの輸入に頼る必要がなくなったからである。

 日本の養蚕の歴史を見ると、伝来したのは弥生前期頃で、全国的に広がり、江戸時代には、養蚕業は農家の重要な副業となり、明治時代からは国を支える産業となった。
 江戸末期に開国すると、海外で日本の蚕は評判が良かったが、日本の生糸は太さに大小があるなどの粗悪品が多かったため、不評で苦情が多かった。そこで、明治政府は品質の良い生糸を作るため、1870(明治3)年に横浜に来日していたフランス人生糸検査技師ポール・ブリューナに製糸工場建設を依頼した。依頼を受けたブリューナは、群馬県富岡に建設を決め、その設計をやはり横浜にいたフランス人の建築技師E.A.バスチャンに依頼し、1872(明治5)年に官営富岡製糸場が完成し、ブリューナは製糸場首長として、日本の工女達の指導にあたり、日本の製糸業を発展させた。

ちょこっと最後に…フランスを救ったものに、宮城県産のマガキもあります。フランスでは一年中生牡蠣を食べますが、昔から食べられていたようで、18世紀半ば頃には天然牡蠣を守るため夏場の漁を禁止する命令が出されたりしています。それほどフランス人は牡蠣が好きだったようで、かのナポレオン1世は3度の食事に牡蠣を欠かさなかった、という話も残っています。フランスの天然牡蠣は平ガキで、1960年代終わりから70年代にかけて、病気になり全滅しかけた時宮城県産のマガキを輸入し、それが現在根付き今日に至っています。もともとのフランスの平ガキは現在では少ないので高級品で、一般的に食べられているのは、宮城県産のマガキを先祖とする牡蠣です。(鈴木規子

    ◇

〈参考文献〉
『フランス史2 16世紀~19世紀なかば』 服部春彦他著 山川出版社
『絹I』『絹II』 伊藤智夫 法政大学出版会
『米欧回覧実記』第3・4・5巻 久米邦武編著 水澤周訳 慶應義塾大学出版会
『絹と光』 クリスチャン・ポラック アシェット婦人画報社
『国史大辞典』 吉川弘文館
『来日西洋人名事典』 武内博編著 日外アソシェーツ
『フランスを救った日本の牡蠣』 山本紀久雄 小学館スクウェア

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2010/09/03 11:00:00 日仏歴史談議 | | トラックバック (0)

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