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2010年11月26日 (金)

神々のプロフィール―ばらに宿った神話―

処女として生きる

 我らがオスカルが運命の恋人アンドレと結ばれたのは、死の直前の1789年の7月33歳のとき。
 とすると、それまでオスカルは処女だったんだなあとファンなら誰もが一度は思うだろう。
 その当時でも、現代でも、33歳まで処女を守るというのは、とてもレアな例だよなぁとも。

 しかし、もちろん、オスカルが女性的な魅力に欠けたからずっと処女でいたと思う人は、『ベルばら』を読んだ人にはいないだろう。オスカルはアンドレの他にもジェローデルなど、多くの男性に愛されたが、あえてその愛を避け、処女でいたのである。
 それは、女ながら軍人として、自分の信念のために剣に生きた故であり、他人を寄せ付けないほど強く気高くあるために、男性を受け入れないというのも必要だったようにも思える。

 古代ギリシャ時代では、女性の地位は大変低く、女性は父親や夫などの所有物という扱いで、その人生に自由はなかった。
 しかし、一方で、ギリシャ神話では“処女神”という、一種独特の自由な権利を持った存在が描かれている。
 処女神の代表は、知恵と戦いの女神アテナ、狩猟と純潔の女神アルテミス、炉の女神ヘスティアがあげられ、それぞれその個性は異なる。しかし、共通していえるのは、夫からの援助ははないが、夫からの制約は受けず、自分のスタイルでその使命を果たしているということである。
 アテナは各地を飛び回り、英雄を助け、アルテミスはニンフたちという、処女軍団を従えて処女コミュニティーの長になり、ヘスティアはいつ何時も炉の前にいて誰にも邪魔されずに黙々と役目を果たす。
 神々の女王ヘラのように浮気性の夫を常に監視するとか、冥界の女王ペルセポネーのように自由に実家に帰れないとか、アフロディテのように恋するのが仕事のようなものなのにいちいち夫に嫉妬されるとか、そういったわずらわしいことはいっさいない。彼女たちは、自分の使命や好きなことを、夫の干渉を受けずに自由に行えるのである。しかも永遠に!

 そうした処女神の生き方は羨望の的であり、神話上でも処女神のように生きることを試みる乙女たちがたくさんいる。男性の英雄並みに雄雄しい乙女アタランテや、アルテミスに使えたニンフ、カリストなどである。
 だが、その試みのほとんどは残念ながら挫折する。アタランテは男性に敗れ、カリストはゼウスの暴力に屈したのだ。そうなってしまうのは、彼女たちがいくら頑張っても神ではなく、か弱い存在だからであるからだが、そこに女性の自由の限界を見るようで、なんともやりきれない気持ちにもなってくる。

 だが、その点、オスカルこそ、人でありながら、処女神的生き方をしたように思える。
 というのは、オスカルはアンドレに屈したわけではなく、アンドレを自分で選び、夫としたからだ。また、アンドレは、自分のためにオスカルが変わることをいっさい求めず、オスカルのどんな面も全て愛したからだ。だから、オスカルは結婚しようが、やはり“処女神”的といっていいのではないだろうか。

 このことが、どんな奇跡的なことか、一度でも恋人を持ったり、結婚したりした女性ならきっとよくよく分かるはずだ。本当に羨ましい。やはり“オスカル様”は、究極の憧れの女性なのだ。(米倉敦子)

《参考文献》

『ギリシア・ローマ神話辞典』 高津春繁著 岩波文庫
『もう一度学びたいギリシア神話』 松村一男監修 西東社

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2010/11/26 10:00:00 神々のプロフィール―ばらに宿った神話― | | トラックバック (0)

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