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2011年3月 4日 (金)

日仏歴史談議

乳母の存在

 『ベルサイユのばら』の中で、「ばあや」の存在は欠かせないだろう。当たり前のことだが「ばあや」がいなければ「アンドレ」は存在しなかったわけだし、またオスカルを男として育てるジャルジェ将軍に対し毅然として反対を口にし、かいがいしく愛情を持って世話をしてくれる「ばあや」は、オスカルにとって心強い存在だったろう。
 「ばあや」すなわち乳母はどのような存在だったのだろう。

 フランスでは、生まれたばかりの子どもを乳母に預ける習慣は、16世紀頃には貴族ら上流階級だけだったが、18世紀には他の階層にも広まった。長男は大切な跡継ぎなので、それ以外の次男以下の男子や女子は生まれるとすぐに預けるのが習慣だった。オスカルのように、住み込みの乳母に育てられる場合もあったが、多くは遠い農村の乳母に預けられた。その中でも裕福な両親の子どもは、比較的生活条件が良く、両親の目のとどきやすいパリ近郊の農村に預けられた。だが、遠くに預けられる子どもは、目的地に行くまでの道程がひどいものだったので、例えば馬車からの転落死など、死亡率が高かった。
 貴族たちは、預けた子どもに頻繁に会いに行ったかというと、そういうことは無く、何年も会わないのが普通だった。フランス革命後に外務大臣として活躍したタレイランは、9世紀から続く名門貴族の家に1754年に次男として生まれ、誕生後すぐから4年間田舎の乳母に預けられ、そこで事故により片足を骨折しても両親が会いに行くことはなかったという。

 どうして貴族は乳母に子どもを預けるのだろうか。それは、母乳を子どもに与えると母親の健康が損なわれるとか、乳房の格好が悪くなるとか、次の妊娠をしやすくする理由などであった。また、育児というのは、平凡な事で時間の浪費だとし、子どもは乳母に預けて、自分は舞踏会やサロンを主催して美しく着飾り人々の注目を集めることが、貴族の地位にふさわしいと考えられていたためだった。
 だが、ルソーの『エミール』により、18世紀後半から事情が変わった。田舎の乳母には預けず、母乳で育て、子どもを中心とした家族団らんの生活をするという新しい子育てが始まった。マリー・アントワネットもこのルソーの影響を受け、子どもたちを育てた。

 一方、日本ではどうかというと、中世では、公家も武士も乳母を置くのが普通で、乳母を置けない経済状態の者は母親が育てるという習慣だった。なので、養君の乳母とその一族が権力を握るのが当然だった。その典型が、江戸幕府3代将軍徳川家光の乳母春日局である。
 春日局が権力を持ちすぎたため、江戸幕府は乳母を、単に母乳を与えるだけの乳持と養育をする御乳人(おちびと)に役割を分け、乳母以外に数人の小姓がおかれ、3才になると優秀な家臣団の中から3人の傅役(もりやく)が選定され、教育は彼らが行った。乳母は乳幼児の数年間しか関わらなくなった。
さて、乳持には、決まりごとがあった。

授乳のときは、目隠しをしなければいけない
子どもを抱いてあやしてはいけない
 など、ストレスがたまりやすい環境だったため、3~4ヶ月もすると乳が出なくなる者もいたという。逆に、赤ちゃんとはいえ、顔がない人からの授乳というのは、その後の性格になんらかの影響もあっただろう。案外、徳川将軍の言動も赤ちゃんの時の経験が関係しているのかもしれない。


ちょこっと最後に…オスカルがアンドレに初めて会ったのは7才のときでしたが、日本では7才までは「神様の子」と考えられていました。これは、乳幼児の死亡率が高かったため、子どもの死に対して少しでも親の悲しみの負担をやわらげるためといわれています。フランスでも、7才までが乳幼児とされ、男子は母親の手から父権に入る年齢とされていたそうです。それを考えると、7才のオスカルが、剣の相手としてアンドレに対面していることは、その後の軍人オスカルの人生を暗示していたような気がします。

    ◇

『女と男と子どもの近代』 長谷川まゆ帆 山川出版社
『十八世紀 パリの明暗』 本城晴久 新潮選書
『フランス女性の歴史』 アラン・ドゥコー著 渡辺高明訳 大修館書店
『タレラン伝』 ジャン・オリユー著 宮澤泰訳 藤原書店
『日常の近世フランス史』 長谷川輝夫 NHK出版
『乳母の力』 田端泰子 吉川弘文館
『大奥の秘密』 畑尚子 PHP研究所

 日仏歴史談義は今回で終了となります。国際交流には、相手の国の文化や歴史を理解することが大事だと思います。その時のベースになるのは、やはり自国の文化や歴史ではないでしょうか。歴史的背景を理解すると、『ベルサイユのばら』だけでなく、他の文学作品や旅行も楽しくなると思います。1年とちょっとでしたが、ありがとうございました。

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2011/03/04 11:00:00 日仏歴史談議 | | トラックバック (0)

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