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2011年5月31日 (火)

世界史レッスン<映画篇>

究極の香水ができるまで 1738年

  ~アントワネット生誕17年前~

 いわゆる五感ーー視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚(きゅうかく)ーーのうち、もっとも疲労しやすいのが嗅覚だという。すぐ感度が鈍るため、同じ匂いを嗅ぎ続けていると慣れて感じなくなるのだ。逆に、記憶を呼び覚ます作用としては、感覚器官の中で一番強いらしい。コレット曰く、「嗅覚は貴族的」。

 「パフューム ある人殺しの物語」(トム・ティクヴァ監督、2006年公開)の設定に、この嗅覚の特色がうまく生かされ、飛びぬけて鋭い嗅覚を持つ、ある意味、天才的な、しかし善悪の判断力のない男の、短くも不思議な一生が語られる。

 1738年、パリ。セーヌ川沿いの魚市場で、ひとりの女が立ったまま子どもを産み落とす。これまでもそうやって何人も産んでは、誰にも気づかれぬよう、魚の内臓といっしょに川へ棄(す)てていた。

 ところが今回に限って赤子は元気に泣き出し、おかげで女は子殺しの罪で死刑、子どもは捨て子院で大きくなる。これが主人公のグルヌイユ(「蛙」の意)。当時の王侯貴族は、川辺に住む極貧の人々を「蛙」と呼んで蔑(さげす)んでいたので、命名はそこからだろう。

 このグルヌイユはまるで狼のように嗅覚が発達し、数キロ先のどんな香りも悪臭も嗅ぎ分けることができた。そのくせ自身は全くの無臭(それが彼の「存在の不安」となってゆく)。

 少年から青年への過渡期でグルヌイユは、これまで嗅いだことのない馨(かぐわ)しさを知り、衝撃を受ける。それは乙女の肉体が発する、得も言われぬ芳香だった。やがて香水の調合師となった彼は、次々に人を殺してまで究極の香水創りにのめりこむ。

 映画というものは視覚と聴覚を刺戟する媒体なので、嗅覚を表現するのはきわめて難しい。だが本作はそれをみごとにクリアし、主人公が嗅ぎ分けるさまざまな匂いを、観客もまた共有できるかのごとき錯覚を(映像と音で!)与えてくれる。

 それにしても人間の知覚というのは、よくわからないことだらけだ。とりわけ視覚に頼る現代人には、嗅覚も昔より退化しているとの説がある。嗅覚の鋭い動物たちと我々とでは、同じこの世界もさぞかし違っていることだろう。

 「パフューム」の面白さは他にもある。これまでのどの映画より、異臭芬々(ふんぷん)たるパリの様子がリアルに描かれていることだ。これほど貧しく、これほど怒りと恨みに鬱屈(うっくつ)する人々がひしめいていたのだから、フランス革命への道は必然であったと深く納得できる。

 原作者も監督もドイツ人。きれい好き、整頓好きドイツ人の、不潔で悪臭を放つフランス人への驚きも伝わってくるほどだ。 (中野京子)


movie パフューム ある人殺しの物語

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 監督: トム・ティクヴァ
 出演: ベン・ウィショー レイチェル・ハード=ウッド
 公開: 2006年

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   ~ギリシャ神話篇

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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2011/05/31 8:27:47 世界史レッスン<映画篇> | | トラックバック (1)

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