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e-book Japan ベルサイユのばら

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日仏歴史談議

 『ベルサイユのばら』の中で、「ばあや」の存在は欠かせないだろう。当たり前のことだが「ばあや」がいなければ「アンドレ」は存在しなかったわけだし、またオスカルを男として育てるジャルジェ将軍に対し毅然として反対を口にし、かいがいしく愛情を持って世話をしてくれる「ばあや」は、オスカルにとって心強い存在だったろう。
 「ばあや」すなわち乳母はどのような存在だったのだろう。

… (11/03/04)

 フランスの磁器といえばセーヴルが有名だが、18世紀後半には、もっぱら諸王家への外交用贈呈品や廷臣への贈り物とされ、一般民衆が目にすることはな かった。オスカルが近衛連隊長に昇進した時に王妃マリー・アントワネットからの贈り物の中にもきっとセーヴルはあっただろう。
 そのセーヴルに中国磁器はもちろんだが、日本の磁器も大きな影響を与えた。

… (11/02/04)
 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 新年といえば、1771年1月1日ベルサイユ宮殿の新年会は、マリー・アントワネットにとって忘れられないものとなった。フランスに嫁いで約2年、初 めてルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人に声をかけたからである。その場にいた人々は、王太子妃が愛妾に屈服した、と受け取ったようだ。だが、ルイ15世が 亡くなると、一転デュ・バリー夫人はベルサイユ宮殿から追放され、断頭台の露と消える。
 ベルサイユ宮殿を追放されてから処刑されるまでのデュ・バリー夫人はどのような人生を送っていたのだろうか。

… (11/01/07)
 

黒い騎士といえば、その正体は、パリの新聞記者で後にロザリーの夫となるベルナール・シャトレである。黒い騎士は、貴族の屋敷ばかりを狙い、宝石を盗んだ。豊かな者から盗むが、殺人はしない(アンドレの左目は奪ったが)、ということを鑑みると、黒い騎士も義賊の範疇に入るだろう。

 義賊というのは、簡単に言うと、豊かな者から奪い、それを貧しい者に与え、理由の無い殺人はせず、悪を正す、民衆にとっての英雄だった。世界で一番有名な義賊は、イギリスのロビン・フッドだろう。そして、不思議なことに、18世紀後半から20世紀前半は義賊の黄金時代で、世界各地に義賊と呼ばれる者が輩出したという。さらに、詳しく見ると、義賊は、フランスでは18世紀をもって消滅するが、日本では19世紀以降出現しているという。

… (10/12/03)

 いつも「ベルばらKids」をご愛読いただきありがとうございます。
 「日仏歴史談議」ですが、11月は1回お休みをいただき、次回は12月3日の更新を予定しております。
 どうぞ、ご期待ください!

… (10/11/15)

 『ベルサイユのばら』に、ド・ゲメネ公爵が幼いピエールぼうや背中からだまし討ちする衝撃的な場面がある。殺人を犯しても何の処罰も受けない貴族の横暴さや、彼ら貴族が特権階級であることがよくわかる象徴的な場面である。同時期の江戸時代にも、武士たちに「切捨御免(無礼討ち)」という特権があった。時代劇で、町人や農民が武士に切り殺されても泣き寝入りする、という場面がそれである。貴族や武士は本当に殺人を犯しても、許されたのだろうか。

… (10/10/01)

 マリー・アントワネットは、次から次にドレスを作り贅沢をしていたが、そのドレスの材料といえば「」である。「絹」は、蚕の繭からとった天然繊維で、「」が欠かせない。だが、フランスの蚕に1854、55年頃に疫病が流行し壊滅的状態となった。この状態を救ったのが、「日本の蚕」だった。

… (10/09/03)

 天然痘は、現在、人類が根絶することが出来た唯一の感染症である。『ベルサイユのばら』では、ルイ15世が天然痘で死亡している。また、日本の江戸時代では、毎年流行するようになり、身分に関係なく誰もが(天皇も将軍も)罹っていた。

… (10/08/06)

 7月といえば、14日のフランス革命! 私たちは、7月14日にバスティーユ牢獄が陥落して、フランス革命が始まり、ルイ16世マリー・アントワネットが処刑され、その後ナポレオンが皇帝となり…と語ることが出来る。この知識は、『ベルサイユのばら』や学校で勉強したことで得ただろう。

 では、日本人が初めてフランス革命を知ったのはいつだったのだろうか?

… (10/07/02)

 梅雨時の花といえば、アジサイを思い浮かべるだろう。アジサイは、フランス語ではHortensia(オルタンシア)といい、オスカルの姉であり、ル・ルーの母であるオルタンス(Hortense)から付けられた。

… (10/06/04)

 『ベルサイユのばら』の主人公のひとりであるオスカルが軍人ということもあり、大砲がよく出てくる。銃や大砲には、火薬が必要である。

 火薬は、中国で9世紀頃発明されたといわれている。この火薬とは、黒色火薬であり、硝石・硫黄・木炭を材料として混合したものである。硫黄や木炭は入手しやすいが、天然の硝石は、中国・インド・スペイン・ポルトガル等で産出する。特に、ヨーロッパでは、硝酸カリを多く含んだ土から抽出しやすく、人件費の安いインド産の硝石が多く使用された。

… (10/05/07)

 2009年1月17日の『ベルばらKids』に、ジャガイモ普及を推し進めたルイ16世と農学者パルマンティエの記事があったが、フランスでは飢饉時の食物としてジャガイモを選択した。

… (10/04/02)

 18世紀のヴェルサイユ宮殿には様々な国々の人々が集っていた。例えば、スウェーデン人のフェルゼンもフランスを訪れている。だが、残念なことに、江戸幕府は鎖国体制をとっていたため、そこには日本人はいなかった。では、初めてフランスを訪れた日本人は誰だろう?

… (10/03/05)

 2008年11月22日の『ベルばらKids』で登場した大黒屋光太夫は、エカテリーナ2世と共にフランスを訪問し、ルイ16世相撲の話で盛り上がっているが、実際にはエカテリーナ2世に謁見した後日本へ帰国しているので、残念ながらフランス訪問は史実としては存在しない。だが、光太夫はフランスでも紹介され、評判となっている。それは、レセップスというフランス人が彼を本国で紹介したからである。

… (10/02/05)

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 1789年7月14日、フランス衛兵隊が市民と共にバスティーユ牢獄を攻撃したことは周知のことだろう。そして、この時のピエール・ユラン伍長オスカルのモデルになっている事も、『ベルばら』ファンには、広く知られていることである。

… (10/01/01)

 三部会警備の後、オスカルアンドレに胸キュンする前の場面で、ダグー大佐に、「いやな天気がつづく。」と言っているが、フランス革命の起こった1789年は異常気象だった。

… (09/12/04)

 マリー・アントワネットローズ・ベルタン嬢を贔屓にしてドレスを何着も作り、浪費を重ね、「赤字夫人」と呼ばれた。日本にも、江戸幕府の再三の倹約令を無視して、「衣装狂い」といわれ浪費を重ねた女性がいる。

… (09/11/06)

 はじめまして。『日仏歴史談議』を連載させていただく鈴木規子です。
 2008年は日仏交流150周年ということで、様々な催し物がありましたが、まだ151年目という短さです。

… (09/11/05)