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2006年9月27日 (水)

榊原和子のSUMIREジャーナル

女優月船さららの初舞台

 8月末にベニサンピットで、元月組の月船さららが出演しているtpt公演『バッカイ』を観た。その後、この舞台についてのインタビューの機会もあり、彼女が目指す女優像の第一歩としては、まさにふさわしい道を選び、迷いなく進んでいることに感動し、かつ安心した。(詳細は11月9日発売の「演劇ぶっく」に。) 

 さららん(愛称)は、最後の作品『jazzy な妖精たち』の友人思いの警官役でもそうだったように、熱血という言葉の似合うヒューマンな男役だった。どんな役でも観客に働きかけるエネルギーが溢れていて、それゆえに、男役のどこかクールで酷薄な魅力というものとは縁遠く、いい役者ではあったけれどいい男役スターになれたかといえば、難しかったような気がする。

 思えば、退団の挨拶も型破りだった。東京の千秋楽では「私を嫌いだった人も、私のことを忘れないでいてください。」とか「きっと皆さんの前にまた現れます」みたいなことを言って、大泣きして去っていった。そのストレートな物言いや、いい意味で照れを知らない真っ直ぐな気性は、同質な分子で構成されている共同体「宝塚」では、うまく距離をとれずに生きにくかったかもしれない。だが、芸能界というサバイバルな原野においては、たくましく生きて行くための大きな武器になる。そして実際、そのアクティブな姿勢で、みごとに女優としてスタートをきってみせた。

 初舞台となった『バッカイ』は、今から2400年も前に書かれたエウリピデスのギリシャ悲劇で、ゼウスの息子バッコス(別名ディオニュソス)が主人公になっている。ギリシャ悲劇というので一見とっつきは悪いが、決して私たちの生活と遠い物語ではない。バッコスは葡萄酒の神であり芸術の神で、現代でもその名前にちなんだ酒や店の名などもあり、生活のなかに溶け込んでいる。

 そのバッコスを狂信する信女が“バッカイ”で、彼女たちの狂乱=本能の解放を忌み嫌い、権力で抑圧しようとした武将ペンテウス(彼の名はなんと苦悩や災厄を表す!)が、信女たちに八つ裂きにされるという話なのだが、なんとその信女たちの先頭に立っていたのがペンテウスの母だったという、すさまじくも無残なドラマなのである。

 さららんは、佐藤オリエさんや中川安奈さんといったベテラン女優たちに次ぐポジションで出演。役柄は“牛飼”で、その目で見たバッコスの信女たちの饗宴や、ペンテウスの無残な最期を長台詞で伝えるという、キーポイントになる役である。白の大きく胸をあけたブラウスに黒いスカートという姿は、若い女性らしい色気もあり、なによりも驚くのは、ベニサン・ピットという、客席が近くて濃密な空間にいながら、ほとんど自然に役に入り込んでいることだ。そして、長台詞をえんえんと語るのだが、それが聞いている観客に光景を想像させる力を持っている。まさに新鮮かつ存在感のある若手女優の鮮烈なデビュー、という感じだった。

 本人から聞いた話では、ストレート・プレイ、なかでも人間の激しい感情を掘り下げるような舞台をこれからもやっていきたいそうだから、そのスタートとして『バッカイ』のようなレベルの高い作品に出演できたのは、大きな幸運だったといえよう。

 そしてこの『バッカイ』だけれども、その物語にはさまざまなメタファーが含まれていて、けっこう我が身を振り返らされた。人々の上に恵みと豊かさを与える酒と芸術は、一方で破戒と破滅をもたらす。バッコス(酒や芸術)に酔い痴れ、国歌や家庭、秩序という枠からはみだしていくバッカイたち、なかでも息子までその手にかけるペンテウスの母の姿はおぞましいけれども、それさえも、けっして無縁の存在だとは思えないのだ。人はいつだって酔うことへの誘惑にさらされている。そして人生はどんなふうに生きても一度だけ。どうせなら狂うほど芸術に魅入られ酔い痴れ、魂を売り渡して生きてみたい…とも思う。それもこれも結局は狂うことのできない、常人のはかない願望ではあるのだけれど。(榊原和子)

投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ  2006/09/27 12:15:02 榊原和子のSUMIREジャーナル | | トラックバック (0)

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