中本千晶のヅカ★ナビ!
<中級編>「ファントム」と「オペラ座の怪人」
レベル:★★☆(中級)
分野:比較芸術論
対象:劇団四季なら・・・という皆さまも是非!
現在、東京宝塚劇場で上演中の「ファントム」は、劇団四季などでも有名なミュージカル「オペラ座の怪人」の別バージョンだ。
より正確にいうと、ガストン・ルルーの書いた原作をA・ロイド・ウェーバーがミュージカル化したのが「オペラ座の怪人」であり、アーサー・コピット(脚本)とモーリー・イェストン(作詞・作曲)がミュージカル化したのが宝塚バージョンの「ファントム」なのだ。
オペラ座の地下に住む醜い顔の男が、素晴らしい声を持つ女性クリスティーヌに恋をするというストーリーの大筋はどちらも同じ。
一番の大きな違いは、宝塚バージョンにはキャリエール(彩吹真央)というキーパーソンが登場する点だろう。また、ファントムの恋敵は「オペラ座の怪人」ではラウルだが、宝塚版「ファントム」では、フィリップ・シャンドン伯爵(真飛聖)として登場する。
だが、宝塚版のすべての観客が見逃している「最大の違い」は、
「ファントム(春野寿美礼)がかっこいい!!!」
ことではないだろうか?
本来のストーリーでは「この世のものとは思われない顔」をしているはずなのに、演じる役者は男の美学を極めたトップスターだ。
劇団四季の「オペラ座の怪人」では舞台上のファントムも特殊メイクで本当に醜い顔をしているが、宝塚版ファントムは顔面の傷も仮面もすべてカッコいい。
おかしい? だが、この矛盾をものともせずに、ひたすら「ファントム可哀想……私が守ってあげる☆」と感情移入できれば、いっぱしのヅカファンといえるだろう。
もしかすると、ファントムの醜い顔というのは、単なる外見ではなくて、内面的なコンプレックスの象徴なのかもしれない。つまり、ファントムのコンプレックスの塊をクリスティーヌの母性的なやさしさが癒し、救われるというお話なのではないか。
宝塚版の美しくも哀しいファントムをみていると、そんなことも考える。
ラストの場面、ファントムはクリスティーヌの腕のなかで、その天使のような歌声を聴きながら息絶える。
その後、クリスティーヌがひとりファントムとの思い出に浸りピアノの前にたたずんでいると、舞台後方から死んだはずのファントムが再びせり上がり、やさしく微笑みかける。
クリスティーヌと決して心を通い合わせることなく、たったひとりで死んでいく「オペラ座の怪人」とは対照的な終わり方だ。
いったん死んだはずのファントムの姿(幻?)を最後に一目みることができ、観客も大満足だ。
この幸せ感が、宝塚版「ファントム」の一番宝塚っぽいところじゃないかなあと思う。
☆ステップアップのための宿題☆
読書の秋、ガストン・ルルーの原作「オペラ座の怪人」(東京創元社)を読んでみるのはいかが? また、スーザン・ケイの小説「ファントム」のほうが宝塚バージョンにはより近いかも。
投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2006/09/22 10:30:00 中本千晶のヅカ★ナビ! | Permalink | トラックバック (0)