出戻りファンの温故知新
-ムラの秘密レポート―花のみちとバウホール
まずは、宝塚大劇場と阪急宝塚駅を結ぶ「花のみち」を歩いてみましょう。この「花のみち」、2004年5月10日付けの朝日新聞によると、
花のみちは全長約430メートル。西端にある「花乃みち」と刻んだ石の灯籠(とうろう)が始点の目印だ。みちは元々、武庫川の第二堤防だった。川から80メートルほど離れ、そうは見えないが、松の木があるのが堤防だったころの名残。両脇を走る2本の道路より一段高いのもその証しだ。
みち沿いで和食店「更科本店」を経営する島戸博さん(73)によると、宝塚歌劇団の創始者、小林一三氏が大劇場の建物を舞台に見立て、舞台までの「花道」にしようと、大正末期から昭和初期にかけ、ソメイヨシノとヤマブキを植えたことから「花のみち」と呼ばれるようになったという。
しかし、その長さ・範囲については
全長300メートルほど。宝塚西消防署栄町出張所の前から、宝塚大劇場を過ぎ、阪急今津線のガードまでをいう。
とも(2004年3月31日付朝日新聞「たから図鑑」より)。
「花のみち」は95年の阪神大震災で被災し、両側に軒を連ねていた飲食店やみやげ物屋など、戦前から続く人情味あふれる店舗は、ほとんどが倒壊しましたが、その後、00年にリニューアルを遂げ、跡地に建ったビルに、震災前からあったお店が入居し、商売を続けています。道には創設者・小林一三やヒット作「ベルサイユのばら」の銅像があります。同「たから図鑑」によると、宝塚の生徒は歩いてはいけないという不文律があるとか。
やがて、南欧風な外観の宝塚大劇場・バウホールの外観が見えてきます。続いてそのバウホールをご紹介しましょう。
バウホールは大劇場では上演しにくい実験的な公演や未来のスターを育てるため1978年に開場した小劇場。英語で「舳先(へさき)」という意味で、新しい時代のさきがけとなる劇場に、という願いが込められているそう。客席数は約500。舞台と客席の距離が近いので、「温故知新」のネタ提供者、雅さんが通いたくなるのもわかりますね(?)(参考:2004年3月24日付け朝日新聞「たから図鑑」。写真は花のみちに架かる陸橋「花舞台」から望む宝塚大劇場(中央)とバウホール(右))
ところで肝心の宝塚大劇場は?それはまた次回にじっくりと。
(調査隊隊長ハットリ)
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今後の「温故知新」のラインアップ(予定)
◆懐かしの「宝塚アワー」
◆歌詞の変化?
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/01/24 13:12:00 出戻りファンの温故知新 | Permalink | トラックバック (0)
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