出戻りファンの温故知新
懐かしの宝塚アワー
私が熱烈に宝塚にはまっていた頃は、今のようにCS放送の「タカラヅカ・スカイ・ステージ」というものはなく、たまにNHKで放送される舞台中継があるのみでした。もちろん、ビデオ録画もまだありません。
後は舞台を想像しながらレコードを聴く毎日。
そんな中、「ベルばら」ブームで宝塚が全国区になった為、私の住んでいた地域限定かも知れませんが、民放でも舞台中継がされることになりました。
とても楽しみにしていたのですが、新聞を読むと放送時間が「15分」となっています。
15分で舞台中継って・・・?
頭の中は???マークでいっぱいでした。
そして始まりました、「宝塚アワー」。
放送された舞台は「はいからさんが通る」でした。そして、本当に15分で終わってしまったのです!!番組の最後、「来週へ続く」と…。次の週ももちろん15分で「来週へ続く」…。
しかも、放送時間が早朝だったり、深夜へ移ったりとで、結局まともに舞台を覚えておりません。
気が付くと「宝塚アワー」は新聞のテレビ欄から消えておりました。
あれは夢か幻だったのでしょうか?
どなたかあれが事実だったと教えてくださいませ。(雅幸姫)
★ ★ ★
★調査隊(スタッフのこと)によるレポート
「歌劇」1968年4月号の「歌劇団日誌」に
[二月二十九日]
午後六時十五分よりKTV
「宝塚アワー・真帆志ぶきショー」放送。
という記述がありました。
「宝塚アワー」はKTV(関西テレビ)で放送されていた番組のようですね。
2006年5月22日朝日新聞大阪版の記事によると、「宝塚の公演がテレビで定期的に放送されるようになったのは58年、関西テレビ『宝塚テレビ劇場』(~62年)が始まり」で、「84年には同局で『タカラヅカ花の指定席』と1分間のニュース番組『フラッシュ・タカラヅカ』が始ま」りました。
「歌劇」1966年1月号の「高声低声」には、
“年に六回しか公演のない東京地方では「宝塚51」が、ファンにとって大切なかつ期待すべき番組なのです。”
というお便りもありました。(※「宝塚51」も関西テレビによる番組。当時の朝日新聞東京版のテレビ欄を見ると、フジテレビで金曜10時15分から30分間、放映されていたことがわかります。画像は65年3月26日夕刊のテレビ欄より)
また、東京在住のファンの方から、
「関西でしか放送していない番組は、地元の友人にビデオに録画してもらい、郵送してもらっていた」
という話も聞きました。
テレビ放送がいかに楽しみにされていたかがうかがえます。
しかし「95年、番組スポンサーだった阪急電鉄が阪神大震災の影響を大きく受け、『指定席』が1月に、『フラッシュ・タカラヅカ』が3月に相次いで終了した。その後、舞台中継は地上波からほとんど姿を消し」てしまいます。(同記事より)
「宝塚の舞台が観たい!」という声は多く、まもなく全公演のビデオ販売が始まりました。(最初のビデオは95年3月の宝塚大劇場公演「国境のない地図」)
2002年7月には、CS放送の専門チャンネル「タカラヅカ・スカイ・ステージ」を開局。
さらに07年12月からは、24時間無料のBSデジタル放送「ワールド・ハイビジョン・チャンネル」で、スカイステージの番組を放送することが決まっているとか。ますます宝塚漬けになりそうですね。
次回は、「テレビと宝塚」についてと、雅さんが観たという謎の舞台中継(?)「はいからさんが通る」についてレポートします。
《参考》「宝塚「入り口」拡大中 廉価DVD・曲配信・無料BSも」(2006年5月22日朝日新聞大阪版記事)
(調査隊隊長ハットリ)
投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/02/28 10:51:00 出戻りファンの温故知新 | Permalink | トラックバック (0)





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