榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
音月桂、哀愁や孤独感も 雪組バウ公演『ノン ノン シュガー!!』
物語は95年から始まり、30年前にさかのぼる。メンフィスのライブハウス「ノンノン シュガー!!」に1人の中年男がやってくる。彼、ジョニーは若い頃ここで働いていたのだ。不幸な事情があって天涯孤独だが、このライブハウスに集まる人々の温かさに包まれて、歌手になりたいという願いを抱きながら生きるジョニー。そんなある日、富豪の家出娘シェイラに出会い、互いの夢や境遇を語り合い心を寄せ合う。だが看板スターのキングをめぐる衝撃的な事件をきっかけに、ジョニーは自分自身をもう一度見つめ直し、現実のなかに歩み出す決心をする。
青年の自己発見と人生のスタートというストーリー自体はよくある話だし、テーマもシンプルである。そのかわり、筋の運びとして50年代や60年代の音楽がふんだんに使われていて、エルヴィス・プレスリー、ポール・アンカ、ニール・セダカといった懐かしのアメリカン・ポップスに体を預けているうちに、すんなりと最後まで観てしまう。そのうえ最後に観客も一緒に盛り上がれる場面もあり、ドラマを観にきたというよりライブ感覚を楽しみにきたという感じの舞台である。
主役のジョニー・キッドマンを演じる音月桂は、歌もダンスも芝居も安心して見ていられるだけでなく、これまで表に出にくかった哀愁や孤独感が巧まずして出ていて、いい意味でその若さが魅力的だった。キャリアがかなり豊富な音月だが、まだまだおさまることなく、役によっては若さを全開していってほしい。
シェイラとマライアという2役の大月さゆ。シェイラ役は可愛いし歌も芝居も破綻がなく、ジョニーと心うちとけるシーンなどはその素直さが魅力で、音月とも絵になるコンビぶり。それだけにマライアのほうで、物語のなかでの役割の見えにくさがあったのは残念。また、不用意に口元をとんがらせる表情はこれからのためにも改善を。
ジョニーの30年後であるJと不良のブルートは沙央くらま。Jは年齢を感じさせるには童顔で少し無理が残ったが、ブルートのカリカチュアライズ化とともに芝居心は伝わってきた。カリカチュアライズでいえば、K・BOYの蓮城まこともユニークな作りの裏にある繊細さは伝わった。その恋人のビビは愛加あゆで、白渚すずや桃花ひなとともにトリオで歌い活躍するほか、心理を吐露するシーンでは確かな演技を見せた。
ほとんどのシーンは歌って踊って盛り上がっているライブハウス「ノンノンシュガー!!」で、若者から中年まで、そこに集う人たちは、奏乃はると、神麗華、衣咲真音、紫友みれい 、千風カレン、朝風れい、冴輝ちはや、央雅光希(ジゴロ風の役でも印象を残す)、凛城きら。歌手やダンサーも揃っているうえ濃い個性の持ち主も多いだけに、強力なパワーを発揮、そのがんばりぶりで物語を押し上げた。またそれぞれの人生をのぞかせる場面もあり、おのおののキャラクターがきちんと見えていたのが嬉しい。
そして、この公演に重みとともに陰影の深さを加えていたのがこの3人。ジョニーの母親のマリアで切なさを見せながら、ライブの客では明るく弾けきっていた美穂圭子。看板スターのキング・ビートを演じた萬あきらの、ゴージャス&アナクロスターとしての圧倒的な存在感と、芸で聞かせてしまった歌! その恋人でおバカぶりも死に様もモンローのような舞咲りんは、アメリカの輝きと不安を象徴する快演だった。
シンプルなストーリーと書いたが、その裏には一人一人の生きているがゆえのさまざまな苦しみや悲しみを、おおげさではない形で描き込んである。あえて言えば、もっとそちらの方向で厚みを出す演出もあったような気もするが、そこを歌って踊ってショー的な楽しさで昇華してしまうのが藤井大介流なのだろう。そんな彼のスタイルとしては、十分に魅力的と言える舞台だった。(文・榊原和子/写真・平田ともみ)
投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/03/06 10:50:00 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)