榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
霧矢大夢はまさに適役 月組バウ公演『大坂侍』
月組バウホール公演初日(5月19日)
『大坂侍』-けったいな人々─
霧矢大夢の主演バウ・ミュージカルが上演中である。
原作は司馬遼太郎の短編小説「大坂侍」で、脚色・演出は石田昌也。痛快・娯楽時代劇と銘打たれているように、明るく楽しく、笑いのツボも泣きのツボもきっちり決まって、小気味のよい舞台だ。
石田演出のスミレコードへの挑戦は、ただの露悪趣味に陥ることが多いけれど、良いときはその自由さが懐の深さに通じて、人間という存在の素敵さやカワイサを見せてくれる。今回はまさにその良い例で、かつての彼の傑作、『銀ちゃんの恋』や『殉情』などと通じる、小劇場ならではのディープでユニークな楽しさや面白さが溢れている。
物語の舞台は幕末の大坂。貧乏同心の鳥居又七は、よく働き、親兄弟思いのしっかりもの。そんな又七を見こんで、豪商・大和屋源右衛門は、できることなら娘お勢の婿養子にして、店を継がせたいと願っている。お勢もまた、幼なじみの又七にベタ惚れで、命がけで彼を追いかけ回す。だが肝心の又七は、色恋にも豪商の金にも振り向かず、仕事一途のうえ、父親が死ぬとその遺言により、幕府の家臣として上野の彰義隊に入り、官軍と戦うことを決心してしまう…。
劇中でも語られるように、江戸時代の身分制度は「士農工商」なのだが、銭がすべてを支配する商人の町・大坂では「商工農士」がまかり通っている。その制度崩壊を風刺しながら、それでも“義”に生きようとする“侍”又七の清々しさを描き出しているのが、この作品のテーマ。そして副題に「けったいな人々」とあるように、主人公の鳥居又七をのぞく人間がことごとく銭勘定をポリシーに生きていて、ある意味では又七から見れば「けったい」な存在ではあるのだが、考えてみれば、命を賭して“義”に生きようとする又七も周囲から見れば「けったい」。そんな2つの信条や価値観のギャップと、それゆえのすれ違いが、物語の底辺から浮かび上がってくるところなど、さすが司馬遼太郎世界の奥深さという気がする。
主役鳥居又七を演じる霧矢大夢は、まさに適役。浪花言葉を快いリズムでセリフに乗せ、又七の大坂生まれらしいくだけた一面とともに、仕事では堅物という“侍”の顔もうまくのぞかせて、女も男も惚れるいい男として中心に立っている。着物の着こなしや殺陣など、日本物ならではの見せ方も綺麗で、お勢とのラブシーンもさらっとしていながら色っぽい。この又七役は、霧矢大夢の当たり役の1つになったと言っていいだろう。
相手役のお勢は夢咲ねね、背の高さを感じさせない可愛らしさを、高く評価したい。またコメディセンスは抜群で、又七の心を振り向かせるために、なりふり構わず体当たりしていく姿は、突き抜けた面白さがあるとともに、お勢の純な心を感じさせ、観客の涙を誘う。細い首筋が美しく、着物姿も合格点。ただ、古典的な日本物にそのまま通用するかはまだ課題が残るが。
主役コンビの恋の成り行きにハラハラドキドキさせられるこの芝居で、もう1組の男女の恋物語も、大きな見せ場として舞台を賑わしている。おおげさに言うなら裏主役コンビといってもいいのが、田中数馬の青樹泉と衣絵の麻華りんか。ともに大きなホクロを付けてかなり不細工な造りなのに、なぜかお互い以外目に入らず世情も信条もどこ吹く風の純愛ぶりには、感動すら覚えるのだ。2人のテーマ曲「浪花の並木道~」と歌うド演歌の楽しさとともに、役に徹した面白さで沸かせる青樹・麻華に大きな拍手を送りたい。
その他の出演者も、それぞれ適材適所、見せどころが用意されている。
極楽の政の龍真咲は、又七を慕っているようで実はお勢サイドからの金で動いているという調子いい遊び人。もともと二枚目系の若手だけに、出てくるだけで場面が華やかだし、軽い物腰や明るい物言いで、この作品のスパイス役になっている。
基本的には気のいい人間ばかりの物語のなかで、唯一の悪役といっていい天野玄蕃の星条海斗は、憎まれ役を色気と貫禄で見せている。とくに又七に対して根深い殺気のようなものを隠しているところや、乱世の退廃感をにじませていることで、この物語の影の部分を深めている。
影の部分でいえば黒門久兵衛の嘉月絵理も、裏社会を仕切る親分のすごみをさりげなく見せてしまうのは、キャリアの厚み。嘉月だけでなくこの作品で感じるのは、専科やベテラン勢の力量のすごさである。数馬の母を演じる瀧川末子、お勢の父で大和屋源右衛門の箙かおる、又七の剣術指南役の未沙のえる、この3人の存在感はとくに強烈。会話や間のよさに加え、酸いも甘いも知り尽くしたトボケぶりやお節介、その1つ1つが笑いを誘い場を引き締める。おまけにフィナーレではトリオ漫才風お遊びまで披露してくれる。このシーンのためだけでもリピートしたくなるくらいだ。
そのほか、又七の父役の北嶋麻実は、ちょっと浮世離れした持ち味が“義”にこだわる部分にフィット。又七を好いている豆奴は花瀬みずか、芸者姿は美しく、カラオケでの弾けかたがオカシイ。良基天音は又七の仲間の同心で、友情を見せるおいしいシーンがある。
また、若手ではお勢の店子の海桐望や蘭乃はなが目を引く。それ以外にも、お化け屋敷の恋人たち(朝凪麻名・青葉みちる)、黒門の子分(姿樹えり緒、海桐、有瀬そう)、お酌の老芸者(宝生ルミ、青葉)など、ワンポイントながら面白いキャラが出てきて、すみずみまで楽しめる。
最後に特記しておきたいのが、フィナーレナンバーの男役の総踊り。藍エリナの振付が冴えて、まるで洋物の群舞のような激しさで押しまくる。着物姿ながらダイナミックで、これぞ宝塚の男役というかっこよさと色気で酔わせてくれた。(文・榊原和子/写真・平田ともみ)
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◆月組公演◆
バウ・なにわ人情ミュージカル『大坂侍』-けったいな人々-
~司馬遼太郎作「大坂侍」より~
脚本・演出/石田昌也
・宝塚バウホール公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2007年5月19日(土)~6月4日(月)
・日本青年館大ホール公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2007年6月9日(土)~6月15日(金)
投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/05/24 14:17:55 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)